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愛し野塾 第103回 非専門の医療従事者が、過度のアルコールの摂取者、うつ病の治療に従事するメリット

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現代社会において、アルコール多飲や鬱病に悩む人は増えているといわれています。厚生労働省の調査によると、飲酒をする機会に「1日あたり60グラム以上の純アルコールを摂取する(ビールなら1.2リットル、ワインなら500cc)」と定義される「多量飲酒者」は、約980万人、とりわけ、アルコール依存症患者、そしてアルコール依存症疑いも含めると約284万人と推算され、そのうちの30−40%が鬱病を併発していると指摘されています。重症化すれば、健全な社会生活を継続することだけではなく、就労も難しい状況に陥り、本人はもとより家族にとっても大きな精神的・経済的負担を抱える事になるのです。「経済的損失」の観点から、「アルコール多飲による社会損失」について、肝臓病などアルコールが原因される疾患にともなう損失と、能率低下や労働損失に起因する生産性の低下にともなう損失を合算し、年間3兆年超に達すると算出されています。アルコール依存症と鬱病が併発した場合、自殺率も上昇します。鬱病と自殺による経済的損失は、2.7兆円とされ、これはアルコール多飲による損失に匹敵するとされます。
 
アルコール依存者が多い理由として、本邦では、「アルコール飲料がテレビなどのCMで効果音などリアリティを伴って放映されることが多い事」、「アルコール飲料の自動販売機が世界で我が国にのみ存在すること」、などがあげられています。またアルコール依存症患者の支援体制も十分とは到底言えず、メンタルに従事する医療者そのものが少ない上にアルコール依存症や鬱病の専門のカウンセラーの数は全く足りていないのが現状です。このため、実地診療を営む開業医が、アルコール依存のうつ病併発患者に対応しているのが現状です。専門家の中には、こうした「メンタル疾患への対応」こそが、今後、開業医に求められるべき優先順位の高い病気となるだろう、と提唱するかたもいるほど、アルコールによって蝕まれる心身の健康被害は日常に潜む重大な問題なのです。
 
低および中所得国では、逼迫した医療資源ゆえに、実地診療に従事する医師が単独で、鬱病に対して、診断と治療をし、かつ、アルコール多飲による障害のリスクの層別化をしなければなりません。一般に、中毒症状を呈する症例には、行動療法、薬物療法を含む専門治療が必要ですが、自殺リスクの低い「多飲のみ」の症例には、心理学的介入によって摂取量を減らすことが可能であると評価されています。また、鬱病の場合には、抗鬱薬と心理療法が用いられますが、いずれの効果も同程度とされます。しかし、ほとんどの罹患者は、いずれの治療も受けておらず、医師単独で網羅できる治療には限界があることは明らかです。
 
こうした状況下で、インドで、非専門のカウンセラーが、アルコール多飲(文献1)と鬱病(文献2)に介入した結果が相次いで医学誌ランセットに発表され、先進国でも汎用しうる結果によって注目されています。
 
さて、アルコール症に罹患している方の多くに「認知の偏り」が認められます。「自分には飲酒に関する問題がない」との思い込み、「一旦断酒するも、その後飲酒する機会があったとき、今度こそ適量でやめられる」との間違った確信によって再び飲酒してしまう、「お酒がのめるから、人付き合いもいいし、仕事もうまくいくし、夫婦関係も良好だ」、「自動販売機で売っているくらいだし、メジャーな俳優が宣伝もしているのだし、自分はなによりアルコールが好きなのだから、飲んでもいい」、「いつだって酒はやめられる」といった偏りのある思考の傾向が認められます。こうした自らの「認知の偏り」や「思考パタン」に気づくことができるかどうか、まず、これが治療の鍵になります。こうした観点から、カウンセラーとの個人面談や、断酒会で似たような思考パターンをもちアルコール依存に悩む他人と接することで、気づきを促すことは大変有効です。一旦、気づきがあれば、歪んだ認知を是正しながら、「主体的に禁酒を試みる」段階に移行するのです。その後は、禁酒を目的として、カウンセラーに指導を受けながら、行動療法をすすめていきます。具体例として、「問題解決のために飲酒行動ではない方法を探す」、「飲酒に誘われても、上手に断るこつをマスターすること」、「同僚からの、飲酒の勧めの圧力」にも負けない、スキルを身につけていくことになります。
 
一方、鬱病でも、その思考パタンに「認知の歪み(ゆがみ)」があり、「自分が悪いからこのような状況になった」という思い込みが心身を冒し、最悪の場合、「自分が悪い、だから自分は必要ない、死ねばいい」という強い思い込みに達し「自殺」行動を採ってしまうことがあるのです。カウンセリングでは、まず、問題が生じたとき、その要因として、「自分が悪いからではない、という別のいくつかの考え方もありうる」という視点から話し合いを持ちます。たとえば、職場で起きたトラブルを解析してみると、実は、「パワハラ」が問題で、不安が増し、仕事上の失敗が続き、抑うつ気分が生じたことが想定される症例では、クライアント以外の方が同じ状況にいたとしても、上司の圧力から、抑うつ気分が生じる可能性があることを指摘し、強い自責感を緩ませ「バランスのよい思考」を促します。そして、「パワハラ回避・是正のためにできることを一緒に考え、行動に発展させる」ことになります。これまでの先進国の調査から、飲酒及び鬱病への専門のカウンセラーの対応が、ともに有効であることが示されてきました。
 
今回ご紹介する研究では、カウンセリングに従事したかたは、1)少なくとも高卒の資格を有する、2)精神疾患のカウンセリングの資格や経験はなし、3)試験により選抜されトレーニングを受けた後に行なわれた試験の合格者、であり、非専門のカウンセラーが、治療に携わるのは、これまで一度も行われた事がなく、史上初の試みとなりました。
 
まず、応募者は、ロールプレー試験で、選抜されました。その後、専門家の指導下で2週間集中的にトレーニングを受け、試験に合格したものを対象に、さらに6ヶ月の専門家による実地訓練が行なわれました。最終試験(筆記と実地試験)によって、11人が選出されました。
 
選抜者によって行なわれたカウンセリングは、過度のアルコール飲酒の場合には最大4回、鬱病の場合は、6−8回提供され、1回あたり30-45分で、1-2週間に一度行われました。最初のカウンセリングでは、患者の「個人調査」に重点が置かれ、2回目以降に、「認知行動療法」として、自身の「認知の歪み」の気づき、問題に相応しい「行動療法」が行なわれました。カウンセリングには、「答えを要求しない自由な話し合い」、「共感によるクライアント中心療法」の手法が取りいれられました。
 
さて、「問題のある飲酒」について研究の対象となったのは、飲酒習慣の重症度を示すWHO版の標準テストとして用いられている「AUDIT質問票」によって、「危険な飲酒群」に分類された18歳から65歳の男性でした。ゴア州(インド)の10箇所の医療センターから抽出されました。コミュニケーション障害や中毒症状を呈したり、救急治療や入院が必要な患者は除外されました。患者は、経験豊かなアシスタントによって「医師による通常治療群」と「医師による通常治療に、非専門のカウンセラーによるカウンセリングを追加した治療群」に無作為に1:1に割り付けられました。1次評価項目にとして「AUDITスコアが8点未満、すなわち寛解状態に達した数、および治療後3ヶ月時点での過去14日間の1日平均アルコール消費量」が調査されました。2次評価項目として「飲酒の影響、機能障害スコア、勤労不能日数、自殺企図、家庭内暴力、医療資源活用回数、医療費」が調査されました。
 
結果
 
2013年から2015年の間に、73,877人の患者の中から、条件に見合う、378人が調査対象となり、そのうち189人が通常ケア群、188人が通常ケア+カウンセリング群に、に割り付けられました。平均年齢は、通常ケア+カウンセリング群が42.3歳、通常ケア群が41.7歳、仕事についていない方は、通常ケア群が13%、通常ケア+カウンセリング群が15%、教育歴のないかたが、通常ケア+カウンセリング群が22%、通常ケア群が15%、高卒以上は、通常ケア+カウンセリング群が30%、後者が28%、治療に対する期待度を高くもっていた人は、通常ケア+カウンセリング群、通常ケア群ともに58%、AUDITスコアの平均値は、通常ケア+カウンセリング群が14.7点、通常ケア群が15点で、割り付けられた治療による集団の特徴の差はありませんでした。一次評価が施行された、試験開始後3ヶ月の時点で、評価目的の調査を受けたかたは、初期の割り付けられた患者のうち、通常ケア+カウンセリング群が88%、通常ケア群は92%でした。
 
「寛解状態」を達成したのは、通常ケア+カウンセリング群が36%、通常ケア群が26%で、カウンセリングが有意に効果的であった事が明らかとなりました(P=0.01)。アルコールを3ヶ月後に一度も摂取しなかった人の割合も、通常ケア+カウンセリング群で41%、通常ケア群で18%と、アルコール摂取量に及ぼすカウンセリングの効果を認めました(p<0.0001)。個々のカウンセラーと結果の有効性に有意差はなく、カウンセラーの力量の違いによるバイアスはないと評価されました。
2次評価項目にはいずれも有意差があるものはありませんでした。
カウンセラーの評価は専門家によるTQSスコア(Therapy Quality Scale)の分析によって2.44を示し、すなわち「十分」あるいは「良い」のカテゴリーに分類されました。
 
たしかに、治療にカウンセリングを取り入れれば、その分、医療コストが高くなるでしょう。しかし、寛解状態になったひとが、精神の健康を取り戻し労働に従事すると仮定すれば、最低賃金で算出しても、一人の患者あたりの医療費は全体として抑制される可能性がある(85%も有意)ことが示されました。
 
問題点は、自己申告調査によるデータが評価に使用されたことから、「飲酒に問題があることをしられたくない」、「データが自分に不利に使われたくない」という懸念から、事実がデータに投影されていない可能性が否めない事です。また、調査期間はわずか3ヶ月であることから、飲酒抑制についての治療効果の持続やそれに伴う就労の継続性の評価が乏しいことです。つまり実際に仕事を継続していなければ、コストの推定評価も誤っていたということになりかねません。また、寛解状態に達する事が出来なかった60%の患者について、カウンセリングに必要な時間、頻度、カウンセラーの質、カウンセリング内容等、再考すべき点は残っています。また本研究は、男性が対象であったことから、本結果が女性にも援用できるのかは議論の余地のあるところです。
 
次に、鬱病にも、非専門のカウンセラーによる短期間の介入が有効かどうか、ランダマイズ化比較試験により、検討されました。 参加者は、18歳から65歳で、鬱病の代表的質問票である、PHQ-9で、14点以上のかたが、同地区(インド・ゴア州)10カ所の医療機関から選出されました。妊婦、救急治療を要する方、コミュニケーションに障害のある患者は、除外されました。非専門カウンセラーの介入をした群と、しない群に無作為に割り付け、介入後3ヶ月の時点での、ベック鬱病評価尺度(BDI-II)による評価、PHQ-9が10点未満となった寛解を示した数を、一次評価項目としました。
 
結果
2013年から2015年の間に、14,6661人の患者のなかから、条件に見合う、495人が選ばれました。248人が通常ケア群、247人が通常ケア+カウンセリング群として割り付けられました。平均年齢は、通常ケア+カウンセリング群が42.4歳、後者が42.6歳、女性の比率は、76%と77%でした。既婚者は、通常ケア+カウンセリング群が66%、通常ケア群が69%でした。無職の方は、通常ケア+カウンセリング群が62%、通常ケア群が56%、教育歴のないのは、通常ケア+カウンセリング群が31%、通常ケア群が22%、高卒以上の学歴があるのは、通常ケア+カウンセリング群が23%、通常ケア群が23%、治療に対する期待度を高くもっていた人は、26%と通常ケア群で35%でした。PHQ−9スコアの平均値は、通常ケア+カウンセリング群、通常ケア群とも、17.9点で、鬱病が重症とされる20点以上のかたは、通常ケア+カウンセリング群が24%、通常ケア群が25%でした。割り付けられた治療による集団の特徴の差はありませんでした。一次評価が施行された、試験開始後3ヶ月の時点で、評価目的の調査を受けたかたは、初期の割り付けられた患者のうち、通常ケア+カウンセリング群が230人、通常ケア群は236人でした。PHQ-9スコアが10点以上の、中等症以上の鬱病の罹病率は、8%(2480人/31888人)と推定され、WHOの多国間の「一般臨床でみる精神疾患」調査の結果と合致するものでした。
 
3ヶ月後、BDI-IIスコアは、通常ケア群では、27.52点、通常ケア+カウンセリング群では、19.99点でした。重症度の高いかたのほうが、カウンセリングの効果がより良く見られました(P<0.0001)。寛解状態となったかた(PHQ−9のスコアが10未満)は、通常ケア群で、39%で、通常ケア+カウンセリング群で64%となり、有意にカウンセリング追加治療は優れている事がわかりました(P<0.0001)。WHO障害評価スケジュール、勤労できない日、鬱病の行動活性化スケールの評価についても、カウンセリングの追加は、わずかながら、有意な、改善を認めました。
 
セッションは、平均6回で、一回あたり40.2分でした。
カウンセラーの評価を、専門家によりTQSスコアで評価したところ2.58で、「平均」から「良い」のレンジにはいっていました。
 
カウンセリングをとり入れた治療は、その分、医療コストが高くつきますが、寛解状態になったひとが、最低賃金の労働に従事すると仮定すると、一人の患者あたりの医療費は全体としては、有意に抑制される可能性が99%あると算出されました。BDI-IIが1点改善するのに要する費用が6ドルと試算され、これはゴアの未熟練労働者の日当の3分の1と考えられました。
 
研究者らによって指摘された問題点は、(1)治療後3分の1のかたは、鬱病の寛解状態に達成していないことから、カウンセリングの時間、頻度、質について問題がある可能性がある点、(2)BDI-IIスコアによって「中等度の鬱」に分類されるかたが、PHQ-9では、「ほとんど症状なし」に分類されるケースが存在するなど、2つのうつ病の調査法で異なる結果になった点、(3)BDI-IIスコアが研究当初に調査されなかった点。(4)介入3ヶ月の時点の評価であることから、効果の継続性については疑問が残る点(ただし、1年後の効果を発表する予定である)等が、提起されました。
さて、上記の二つの論文を通して、「問題飲酒と鬱病のかたの発見率が極めて低い」ことが浮き彫りになりました。この研究で対象者として同定された被検者は、この調査以前には、メンタルの病気を一度も指摘されたことがないかたがほとんどだったのです。「動悸」「耳鳴り」「下痢」「不眠」などの身体症状やアルコール摂取の習慣性の調査から、メンタル疾患の鑑別診断にいたるには、相当の十分なトレーニングを要します。日本でも、保険診療に基づく鬱病の受診者数はわずか100万人程度で、これはうつ病患者全体の30%未満と推定されています。今回紹介した研究、また日本の現状から、アルコール症やうつ病などのメンタル疾患について、医師の診断能力や医療制度の不十分さについて明らかになったと評価されてもやむを得ないでしょう。医師、医学生、医療制度等、この方面での今後の教育や制度見直しの重要性が示されたといえるでしょう。
 
今回の調査結果から、1人の非専門のカウンセラーが、わずかな期間トレーニングを受けただけで、アルコール多飲と鬱病の両者を同時に治療できる可能性を示した結果は、大変ユニークなものだと思います。しかし、実地の臨床では、「自殺抑止」と「健全な就業が可能な人の数」が治療の成否の指標として重要なポイントです。今回、特に、研究対象者の平均年齢が40代前半だったことから、「労働に従事することができるようになった比率があがる」、ことが治療成功の指標とすることは重要な観点でしょう。今後、治療後5年程度の段階で、これら評価項目が果たして継続して良好な値を示しているのかどうかが、さらなる経過観察を要すると考える次第です。一方で実臨床の現場では、患者の数は膨張する一方です。非専門家によるカウンセリング追加による治療の安全性が確認された段階で、できるだけ早く実臨床で取り入れるよう国家レベルでの検討が待たれます。
 
 
 
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