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愛し野塾 第104回 分子メカニズムの解明から肥満を制する

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肥満と戦う
 
肥満はあらゆる生活習慣病発症の引き金になる事、またその結果、生命を脅かす可能性もあることは、あらゆる健康調査によって明らかです。しかし、厚生労働省の平成26年「国民健康・栄養調査」によると、肥満者(BMI≧25 kg/m2)の割合は男性28.7%、女性21.3%で、この10年の間で、男女ともに肥満率に改善が認められないどころか、肥満の予防・対策として運動が推奨されてきたにもかかわらず、「定期的な運動習慣をもつ人」の割合は、男性31.2%、女性25.1%と、この10年の間、その割合に顕著な変化は認められず、現在の肥満対策は低調といわざるをえません。生命のリスクに関わる重度な肥満に陥らない方法についてあらゆる角度から探索することは必須です。
 
その一つとして「肥満の分子メカニズムを応用した抗肥満研究」が注目されています。2016年7月科学雑誌CELLに報告された研究では、脂肪細胞から分泌される新規物質が、抗肥満に決定的な役割を果たしている事がわかりました。今回の愛し野塾では、この論文をもとに解説したいと思います。
 
脂肪細胞は、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞の大きく二つに分類されます。運動による「骨格筋の収縮による熱産生」は、余分なエネルギーを消費させ体重減少に寄与する一方で、ミトコンドリアを多く含む「褐色脂肪細胞」では、筋収縮とは無関係に、余分に摂取した脂肪をエネルギー源として熱を発生させ、体重減少をもたらすことができます。例えば、寒冷暴露によって褐色脂肪細胞の数を増やすことで、熱産生を促進することがわかっており、寒冷刺激に対する適応的な生理作用として知られています。これと似たような事が「カプサイシン」よって生じる事が示されています(文献1)。褐色脂肪脂肪細胞でのエネルギー消費は、ミトコンドリアの内膜に存在する「脱共役蛋白1(UCP1)」による作用であることが知られています。かつてミトコンドリアの膜に作用する「2,4-ジニトロフェノール」という物質は、抗肥満薬として応用され、摂取したエネルギーを熱に変換することで、肥満改善を促進することができましたが、致死的な熱中症、急速に進行する白内障といった重篤な副作用が報告され、現在では、使用しないよう注意喚起されています。UCP1は、「ミトコンドリアの膜からプロトンリークを惹起し、ATP産生の低下によって熱産生エネルギーの消費を促進させる作用」があることが解明され、さらにUCP1と同様に褐色脂肪組織の機能制御作用をもたらす一連の遺伝子群が同定されるにいたりました(SLC25ファミリー)。
 
一方、白色脂肪細胞は、エネルギーセンサーとして重要な役割を担っており、アディポネクチンなどの液性分子の分泌を司っており、肥満、糖尿病の成因にも直接関わっている事が解明されています。紹介する研究では「褐色脂肪細胞から分泌され、ミトコンドリア膜のプロトンリークの亢進によって熱産生を促し、結果として体重減少に結びつく物質の存在」を想定して実験・分析が行なわれました。
 
結果
 
研究のはじめに、生体内の褐色脂肪細胞において「UCP1と同時に発現している分子リスト」として、公開されている遺伝子リストから32個の候補遺伝子が選択されました。32個の候補遺伝子のうち、「シグナルペプチドを有し」かつ「膜貫通ドメインを有さない」といった分泌蛋白としての特性を有する唯一の分子「PM20D1 (Peptidase M20 domain containing 1)」を同定し、解析が行なわれました。PM20D1は、細胞、あるいは血液等を用いた分析にから、UCP1の発現を認める細胞から特異的に分泌され、この分泌は寒冷暴露によって促進されることが明らかになりました。
 
特定された遺伝子PM20D1をアデノウイルスベクターを用いてマウス生体内で発現させ、体重に与える影響について分析が行なわれました。コントロールに、GFPのみを発現するベクターが導入されました。高脂肪食を与えた結果、PM20D1発現マウスではコントロールに比較し10%の体重減少を認め、MRIで解析によってPM20D1の発現マウスの脂肪組織の体積は30%も減少していることが明らかとなりました。PM20D1発現マウスでは、体重減少を認める前に、VO2(酸素摂取量)とVCO2(2酸化炭素排出量)の両パラメーターともに有意な増加を認めました。運動量及び食事量に変化は認めなかったことから、PM20D1遺伝子導入によって、エネルギー消費量は促進され、そのため脂肪組織量は減少し、結果として体重減少に至ったことが示されました。 
 
さらに「PM20D1の発現がエネルギー消費を促進させるメカニズムの分析」が行なわれました。まず、「PM20D1のUCP1発現に及ぼす影響」について検討した結果、「PM20D1は、UCP1の発現には影響を与えない」ことがわかりました。つまり、未知のメカニズムの存在が示されたのです。
 
PM20D1は、ほかに4種類ある「ペプチデース」のメンバーに属することから、PM20D1発現マウスから採取した血液と、GFP発現マウス(コントロール)から採取した血液を液体クロマトグラフィー質量分析にかけ比較分析しました。最も明瞭な差異を示したピークの分析から「オレオイル•フェニールアラニン」が検出されました。この結果をもとに、「Nアシルアミノ酸」をターゲットとした解析が新たに行われました。Nアシルアミノ酸は、GFP発現マウスでは、1−100nMに分布していました。PM20D1発現マウスでは、C14−C18のNアシルアミノ酸、C18:1フェニールアラニン、C18:1ロイシン/イソロイシンが有意に増加していました。さらに、PM20D1マウスを16日間の寒冷刺激下で飼育した結果、C18:1ロイシン/イソロイシンを含んだ測定したほとんどのNアシルアミノ酸群で、増加を認めました。リコンビナント蛋白として精製したPM20D1を酵素として、フェニールアラニンとオレイン酸を基質として、試験管内で反応させた結果、C18:1フェニールアラニンが合成され、アミノ酸の中では、フェニールアラニンが一番効率よいPM20D1の基質となることがわかりました。
 
次に、Nアシルアミノ酸を培養細胞の培養液に添加したところ、約2倍の酸素消費が促進されることが明らかとなりました。同様の結果がUCP1を欠損した細胞でも認められ、仮説通り、「Nアシルアミノ酸は、UCP1以外のメカニズムを介して、酸素消費を増大させる」ことが確認されました。さらに細胞からミトコンドリア画分を抽出し、Nアシルアミノ酸を添加しても、酸素消費が促進されました。光親和性標識法によってNアシルアミノ酸をラベルし、解析をした結果、Nアシルアミノ酸の標的化合物は、SLC25A4とSLC25A5であることがわかりました。
以上の結果から、Nアシルアミノ酸は、SLC25A4やSLC25A5を介して、プロトンリークを促進し、エネルギー消費を司ることが明らかにされました。
 
さて、マウスの腹腔内に「Nアシルアミノ酸」を、注入した結果、コントロールとしたオレイン酸注入したマウスと比較して、「明らかな体重減少」が認められました。この体重減少は、脂肪の減少の結果、生じていたことも確認されました。「糖負荷試験」を行なうと、Nアシルアミノ酸注入マウスで、血糖が有意に低下していることもわかりました。ただし、食事摂取量は17%有意に低下していました。メタボリックケージを用い、呼気中のVO2とVCO2を測定した結果、Nアシルアミノ酸注入マウスで、有意にエネルギー消費が増大していることも判明しました。
 
以上の結果から、「PM20D1とNアシルアミノ酸」は、ミトコンドリアのプロトンリークを促進し、エネルギーの脱共役を介して、熱産生を増やすことで、体重減少、良好な血糖コントロールをもたらす可能性が示されました。
 
大変ユニーク、かつ、新規の本研究の結果は、今後の肥満治療に目覚ましい可能性をもたらしたといえるのではないでしょうか。一方で、研究の問題点としては、Nアシルアミノ酸をマウスの腹腔内に注入した場合、17%もの食事摂取量が減少を認め、摂食抑制が結果に及ぼすといったバイアスの懸念が残ります。また、SCL25A4、SCL25A5を介した作用と決定付けるには未だエビデンスが弱いと考えられます。そのためには、SCL25A4、SLC25A5の欠損マウスを作成し、Nアシルアミノ酸や、PM20D1の発現によって認められた「体重減少、熱産生、血糖改善効果」を打ち消すことができるのかどうか、検討することは必須でしょう。また、SCL25A4、SCL25A5の両遺伝子の高発現マウスで、Nアシルアミノ酸の作用が増強されるのかどうかも検討されるべきでしょう。Nアシルアミノ酸の血中濃度が、「μ(マイクロ)」mol/Lになるまで薬物を投与していることも懸念材料です。「n(ナノ)mol/L」レベルの生理的な濃度でも、熱産生を増やすことができるのかどうか検討を要しますし、また、効果が得られた濃度で、熱中症や白内障などの重篤な副作用が惹起されないかどうか、安全性についても厳密に調査されなければなりません。
 
本研究の結果は、全く新しい角度からの抗肥満治療へむけた大きな前進となることは間違いなく、臨床応用の実現に向けて、残された課題への取り組みが注目されます。
 
さて、オレイン酸は、オリーブオイルから命名されました。オリーブオイルが豊富に含まれる地中海食は、心血管イベントの一次予防に優れた効果を表し、糖尿病予防効果も認めることが示されています。こうした効果を裏付けるような、実態としてのPM20D1とNアシルアミノ酸の可能性も明らかとなり、これら分子を巡る話題から今年も目が離せませんね。
 
(REF1) Yoneshiro, T., Aita, S., Matsushita, M., Kayahara, T., Kameya, T., Kawai, Y., ... & Saito, M. (2013). Recruited brown adipose tissue as an antiobesity agent in humans. The Journal of clinical investigation, 123(8), 3404-3408.
 
(REF2) Long, J. Z., Svensson, K. J., Bateman, L. A., Lin, H., Kamenecka, T., Lokurkar, I. A., ... & Paulo, J. A. (2016). The secreted enzyme PM20D1 regulates lipidated amino acid uncouplers of mitochondria. Cell, 166(2), 424-435.
 
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