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愛し野塾 第116回 土着民の心臓

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「アマゾン奥地に生息する部族こそが、世界一健康な心臓をもっているようだ」、との報告が、医学誌ランセットから発信されました(文献1)。熱帯雨林で生活を営んでいるボリビアのチメイン地方に住む部族は、生きていくうえで必要最低限の生活レベルを維持しています。さて、彼らの生活様式こそが冠動脈の動脈硬化予防に良好な効果を表しているのではないかという話があるのです。
 
ご存知の通り「冠動脈疾患」は、心筋梗塞や狭心症を含む命を脅かす疾患です。この予防法の確立は喫緊の課題として様々な研究がなされてきましたが、今回のような前近代的な生活様式からそのヒントを得ようという試みは、これまで厳密な手法によって検討された記録はなく大変貴重な報告として評価されそうです。
 
研究の発端は、ニューメキシコ大学の人類学者カプラン博士の進言でした。彼らは長年チメイン部族を研究対象として調査してきましたが、「たったの一度しか心臓発作を見たことがなく、住民は、ほとんど心臓疾患を患うということがないようだ」との情報がもたらされました。今回の研究をカプラン博士とともに共同主導したトーマス博士は、この話を聴いて、疑問をも感じたものの「直感的」に研究価値がある、と調査を開始したと伝えられています。
 
実はトーマス博士は、カリフォルニアのメモリアル心臓血管研究所の所長で、以前から「前近代的な生活様式と動脈硬化との関連」について研究を行ってきました。 2013年には、HORUS研究チームの面々とのミイラの末梢動脈石灰化の調査を行い、「3,500年前から動脈硬化は認められた」とランセットに発表していました。この結論として、「前近代的な生活様式は動脈硬化予防に役立ってはいるものの、当時の高い感染症リスクを鑑みると、感染症由来の炎症が動脈硬化促進に寄与している可能性がある」とまとめています。
現代の冠動脈疾患発症の主たるリスク要因には、「喫煙」、「高コレステロール血症」、「高血圧」、「肥満」、「糖尿病」などが挙げられ、これらの要因によって90%以上の冠動脈疾患発症が説明されるだろうと言われています。実際、遺伝的に冠動脈疾患発症の高いリスクがある方でも、生活習慣の見直しやリスク要因の改善によって、約50%の冠動脈疾患予防効果があることも報告されています。理論的には、前近代的生活様式に近づければ上記のようなリスク要因が減少し、冠動脈疾患発症低下が期待されるところですが、どれほどの感染症の影響があるか、明確化は難しく、いまだこの仮説は実証されたことはありませんでした。
 
2002年以来、 チメイン健康生活歴史プロジェクトチーム(THLHP)は、18ヶ月ごとにチメインを訪れ、40歳以上のすべてのチメイン族を研究対象として調査してきました。チメイン部族は、アマゾン深部のマニクイ川周辺に住む16,000人の原住民です。狩猟、フィッシング、農耕を生活の糧とし、生きていく上で最低限の生活を送っています。研究開始前の血圧、及び脈波測定結果から、高血圧症例は極めて少なく、同様に動脈硬化の症例数も少ないことは明白でした。一方でフィッシングなど狩猟の最中の寄生虫暴露の頻度は高く、結果として高い感染症発症比率を認め、実際、血中の炎症反応は高いこともわかっています。こういった背景をまとめると一体チメイン部族の冠動脈疾患の発症率は、先進国に比較して、高いのか?同じなのか?それとも低いのか?そういった疑問を明確にすることを目的に調査することになりました。 こうしてHORUS研究チームとTHLHPチームによる合同調査が行われたのです。
 
方法
2014年と2015年の間に、無作為に抽出した部族民705人を対象とし、冠動脈のCT撮影が行われました。冠動脈の石灰化スコア(CACスコア)から、冠動脈疾患のリスクレベルが層別化されました。「スコア0は、冠動脈疾患のリスクなし」、「スコア1-99は、低リスク」、「スコア100-399は、中低度リスク」、「400以上は、高リスク」がある、と定義されました。400を超えている症例は、1例でした。空腹時採血から、脂質、血糖、高感度CRP、血算、及び血沈が分析されました。
 
結果
1,214人のかたがスクリーニングされ、条件を満たさなかった住民、また村から出た住民の483人が除外されました。731人がCT検査を受け、機械のトラブルなどで26人分のデータが得られず、最終的に705人のデータが解析対象とされました。
CT検査を受けた集団と、CT検査を受けなかった集団の比較では、性差、血圧、体脂肪ともに有意差がなく、解析された705人は、集団全体の特性を示すものと判断されました。
検査参加拒否の意思を示したのは、対象住民のうちわずか2名でした。ほとんどの対象住民による検査協力体制の背景には、長年にわたって培われてきた、THLHPチームと住民との間の信頼関係を示すものと評価されるものです。CT検査は、チメインから最短距離とされる、ボリビアの13万人都市「トリニダード」で行われました。検査旅費は無料、かつ病気を患っている対象者には、同都市の医療機関へ自由にアクセスできるという条件を提示していたことも住民の積極的参加の理由と考えられています。トリニダードまでは、1日ないし2日の船旅のあと、半日のジープによる大移動が必要で、この期間は生活の糧が得られないことから、別途補填をしたことも協力を促した理由としてあげられています。またCT検査結果の解析によって偶発的に発見された72症例の肺病変については、専門家への受診を促し、全症例の92%が肺結核と判明しました。
 
対象の平均年齢は、57.6歳、男女比は同じ。若い人ほど、身長、体重、及びBMIが高くなる傾向、また、年齢が高くなるほど、血圧、脈拍が高い傾向を認めました。冠動脈疾患リスク因子については、「高血圧」が全体の5%、BMI30以上の肥満が6%、高LDL血症;9%、高TG血症;4%、高血糖症;0%、高WBC値(10,700個/μl以上);23%、血沈上昇;27%、高感度CRP(3.0mg/dl以上);48%でした。喫煙率は著しく低く、喫煙者でも月に10本吸う程度でした。
 
<CT検査結果>
CACスコア0が85%、スコア100以下;13%、スコア100以上;3%でした。米国MESAコホート(6,800人の米国6地方のコホート研究で、心血管病などの発症率を調査)と比較すると、CACスコアが100を超えるには、チメイン部族は、28年のタイムラグがあり、即ち「動脈硬化の進行が相当に遅い」ことがわかりました。なんと世界で一番スコアが低いとされている「日本人女性」よりも、チメイン男性のスコアは低い結果を示しました。「負の2項分布回帰モデル」による試算から、CACスコアゼロに寄与する3つの因子は、1)若年であること、2)女性であること、 3)血中中性脂肪が低いこと、であり、スコア上昇に寄与する2つの因子は1)年齢、2)体脂肪であることが認められました。単球の数は、スコアと負の相関がありました。
 
以上の結果から、チメイン族は、これまで報告されたすべての民族のなかで、一番冠動脈疾患のリスクが低い部族であることが明らかとなりました。MESAコホートでは、スコア0はわずか14%で、100を超えているかたが50%もいます。これらを総合すると、「80歳のチメイン族の血管年齢は、米国人の50歳半ばの血管年齢に相当する」ということになるのです。
 
チメイン族は、60-200人で村を形成して暮らしています。食事カロリーの構成は、「14%がたんぱく質、14%が脂質、72%が炭水化物」でした。たんぱく質と脂質は主に猟銃・矢などを用いて狩猟した野生動物と淡水魚でした。加工処理されていない米、オオバコ、コーン、マニオクと言った炭水化物を摂取し、これらは、焼畑農業で得たもので、繊維が多く、飽和脂肪酸が低く、単糖類の含有量が少ないことが特徴でした。チメイン部族は、一日のほとんどを農耕、狩、食事の支度をすることで過ごします。男性は、6−7時間、女性は、4−6時間肉体労働に従事することになります。セダンタリー(静的)に過ごす時間は、全体の10%未満で、先進国の54%と比較すると極めて少ないと見積もられます。クリーンウオーター、下水、電気はなく、大人の3分の2が、一生涯のうちのどこかで「ぜん虫」に罹患しており、衛生環境は悪いのが実情です。
 
「禁煙すること」、「BMIを30以下にすること」、「すくなくとも1週間に一度は、中強度の運動をすること」、「健康的な食事パターンを守ること」の4項目のうち3項目を達成すれば、46%冠動脈疾患予防効果が期待できると、AHA(米国心臓協会)は述べています。チメイン部族は、AHAの提案している心臓疾患を守る生活様式を十分に上回るライフスタイルを送っているのです。チメイン部族の平均年齢は、70歳で、50人の剖検をしたところ、1例のみ、心筋梗塞による死亡が見られたとのことで、得られた結果を支持するものになっていました。
 
従来、炎症が動脈硬化の発症原因とされてきましたが、チメイン部族の研究では、各種炎症マーカーが高いと、むしろ動脈硬化が少ない、という興味深い結果がえられました。今後、「炎症と動脈硬化の関係」については、あらゆる角度から検討を要すると考えられています。
 
さて、今後の課題です。CACスコアを指標として動脈硬化を検証していることから、石灰化していないプラークが及ぼす動脈硬化への影響についての検討が不十分でしょう。ただし、カテーテルや、造影CTを用いれば、体への侵襲も懸念され、現段階では、CACスコアの検討で十分だったのではないかと考えられます。
 
この論文でハイライトされるべき点は、現在流行の「糖質制限」とは真逆の生活を送るチメイン族が、世界でもっとも冠動脈疾患のリスクが低いと評価されたことだと思います。チメイン族の摂取カロリーに占める炭水化物のエネルギー比率が72%という事実は目を留めるべきでしょう。「心筋梗塞を避ける観点から、糖質制限食は、避けた方がよい」と私は感じています。部族には一例も高血糖のかたがいなかったこともまた、ハイライトされる事実として明確に記しておきたい部分です。糖尿病が、動脈硬化の最大の危険因子であることを物語っているように感じます。
 
チメイン族は、最近エンジンのついたボートを手に入れた結果、血中LDLコレステロールが上昇傾向にあるとのことです。彼らの低いLDL特性は、遺伝的な低LDLコレステロールレベルではない可能性を示していると考えられます。実は、遺伝的にLDLコレステロールの低い集団である「PCSK9」バリアントを持つ方々は、動脈硬化になりにくいことは良く知られています。著者らは、チメイン族はこのバリアントを有する可能性は低いことを主張していますし、これに私も同意するところです。しかし、チメイン族に「PCSK9」とは異なる別の特殊な冠動脈疾患予防遺伝子が備わっている可能性を否定するものではないことは、今後の調査で注意を要するポイントではないでしょうか。
 
さて、今回の研究から学べたことは、セデンタリーな生活を改め、体を動かすことを基本とし、糖質は十分に適切に摂取する生活をすることが、現代社会でも心筋梗塞予防には一番よいことである、ということではないでしょうか。前近代的な生活様式への再注目こそが、近代の病気を予防するとは、なんとも皮肉なことのように私のこころには映りました。
 
文献1
文献2
 
Kaplan, Hillard, et al. "Coronary atherosclerosis in indigenous South American Tsimane: a cross-sectional cohort study." The Lancet (2017).
 
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