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愛し野塾 第127回 糖尿病治療薬SGLT2阻害剤の光と影

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糖尿病による持続的な血糖値上昇が引き起こす細い血管のダメージは、腎症・網膜症・神経障害といった三代合併症を惹起することは、よく知られています。こういった合併症に並んで生命を脅かすのが、「糖尿病性ケトアシドーシス」です。コントロール不良の1型糖尿病のほか、感染・外傷・手術といった生理的ストレス下にある2型糖尿病において、インスリン供給が枯渇することが原因で生じるともいわれています。大多数の症例で、異常高血糖となり、脱水が生じます。しかし稀に血糖が正常な症例でも誘発されるこの病態は「正常血糖糖尿病性アシドーシス」と呼ばれ、ほとんどが1型糖尿病症例で認められるものの2型糖尿病では、まず見られないとされてきました。

 

最近では、新規経口糖尿病薬である「SGLT2阻害剤」が、2型糖尿病患者でも「正常血糖糖尿病性ケトアシドーシス」を発症させたケースが、わが国で相次ぎ報告され、大きな問題となっています。

 

さて、SGLT2阻害剤は、「腎臓での糖の再吸収を抑止し、尿中への糖排泄を促進させ、血糖を下げる画期的な新薬」として、低血糖を起こすことなく血糖値を下げ、加えて体重減少にも効果的といった、糖尿病患者が待ち望んでいた従来にない2つの大きな利点を有する新薬です。SGLT2阻害剤の一つである「エンパグリフロジン」は、世界で初めて心血管イベント抑制効果がある経口血糖降下薬であると証明され(文献1)、糖尿病界では大変注目されています。

 

さて、今回ニューイングランドジャーナルオブメディシン(6月8日号)に、このSGLT2阻害剤の使用による糖尿病性ケトアシドーシス発症頻度の詳細が、ハーバード大学のフラリック博士らによって報告されました(文献2)。「トルーベン・マーケットスキャン」と呼ばれる米国の民間保険のデータベースを元に、「SGLT2阻害剤」の処方が開始された18歳以上の糖尿病患者における「ケトアシドーシスの発症頻度」について「DPPIV阻害剤」を対照薬として、調査が行われました。DPPIV阻害剤は、SGLT2阻害剤と並んでセカンドラインとして処方されており経口糖尿病薬としては同じ格付けであること、DPPIV阻害剤とケトアシドーシス発症との関連についての報告がないことから、DPPIV阻害剤が対照薬として適当と判断されました。HIV感染者、末期腎症、がん、1型糖尿病、ケトアシドーシスの既往のある方は、調査対象から除外しました。薬物投薬開始から180日までの間に、ケトアシドーシスを原因とした入院数を一次評価項目としました。一次評価項目である「処方開始後180日以内のHR」は、「傾向スコアマッチング法」を用いて、患者特性を表す46項目の臨床データを均等化させ、その後、コックス回帰法を用いて算出しました。

 

2013年4月から2014年12月までのデータをもとにした調査から、SGLT2阻害剤の新規処方は、50,220件、DPPIV阻害剤の新規処方は、90,132件ありました。SGLT2阻害剤を処方された患者の方がより若い年齢で、合併症がより少なく、インスリン使用患者数がより多いことがわかりました。これらの特性の偏りが比較分析に影響を与えないように、傾向スコア法が用いられました。処方開始後180日以内のケトアシドーシスの発症は、SGLT2阻害剤で、1,000人あたり4.9人、DPPIV阻害剤で、2.2人でした。HRは2.2と算出されました。この結果は、インスリン使用の有無に影響されるものではありませんでした。以上の結果から、SGLT2阻害剤には、DPPIV阻害剤に比較し、約2倍のケトアシドーシス誘発効果を認めました。結論付けるには2重盲検試験が必要であり、ここで得られた結果を今後さらに慎重に精査する必要があることは言うまでもありません。

 

さて、SGLT2阻害剤は、なぜケトアシドーシスの発症頻度を増加させるのでしょう。2017年5月に発表になった関電病院の矢部博士らの研究発表はこの点についての示唆に富んでいる結果を含んでいるのではないでしょうか(文献3)。ケトアシドーシスの本体である「ケトン体」の異常産生には、インスリンの枯渇が大きく影響します。糖質制限(食事の全カロリーの40%以下に糖質を抑える食事)によって、SGLT2阻害剤使用で、有意に、ケトン体産生が増えることが示されました。SGLT2阻害剤によって、尿中への糖の排出が促進され、インスリン分泌の減少が生じ、結果としてケトン体産生増加を誘導することがわかってきましたが、糖質制限はこれに拍車をかけてしまうのです。行き過ぎた糖質制限は、リスク因子になりうることは明らかではないでしょうか。

 

昨年、神戸大学の小川博士らは、インスリン分泌が減少している症例への SGLT2阻害剤使用は、ケトアシドーシス誘発リスクを上げるため、注意しなければならないといった論説を発表しています(文献4)。術後、インスリン注射からSGLT2阻害剤に処方を変えた結果、糖尿病ケトアシドーシスを発症した症例、膵臓萎縮をきたしている患者にSLGT2阻害剤を使用し、糖尿病性ケトアシドーシスを発症した症例などが挙げられています。また、Prader Willi症候群の患者については、インスリン分泌促進剤からSGLT2阻害剤へと経口剤を変換した結果、血糖わずか191mg/dlで糖尿病性ケトアシドーシスが発症した症例も挙げられています。この症例では、ケトアシドーシス発症時のインスリン分泌を表すのに最も良い指標となる尿CPRは、ほとんどゼロでしたが、治療後、尿CPRは40ugに改善したことが示されています。

 

国内では、2015年7月までに、28症例のSGLT2阻害剤使用に伴う糖尿病性ケトアシドーシスが報告されています。その内訳は、血糖値200mg/dl以下での発症が7症例、300 mg/dl以下で2症例、300 mg/dl以上での発症が5症例でした。アメリカFDAは、2013年、1年に20人の糖尿病ケトアシドーシス発症を認め、SGLT2阻害剤の使用上注意するべき副作用として、ケトアシドーシスがあるとの警告を出しています。

 

ケトアシドーシスの発症メカニズムについては、SGLT2阻害剤が惹起するインスリン分泌低下が血中遊離脂肪酸濃度を上昇させ、脂肪酸のβ酸化を介した肝臓でのケトン体の過剰な産生によって生じること、また、SGLT2阻害剤によるグルカゴン分泌増加も一役買っていることなどが、示唆されています。

 

以上のことから、(1)インスリン分泌促進剤である、SUなどをやめてSGLT2阻害剤切り替える、(2)インスリン注射から、SGLT2阻害剤にする、(3)糖質制限をしながらSGLT2阻害剤を使用する、(4)インスリン分泌がそもそも少ない人にSGLT2阻害剤単独を与えること、が糖尿病ケトアシドーシス発症リスクになると考えられます。

 

日本人を含むアジア人は、欧米人と比べ、明らかに体重が少ないにもかかわらず、糖尿病発症率は同じです。その理由のひとつに、アジア人は、膵臓からのインスリン分泌が少ないからと指摘されています。アジア人という人種特性そのものが、SLGLT2阻害剤による糖尿病ケトアシドーシス発症リスクとなりうることも注意しなければなりません。また、糖尿病を長期に患っている場合、インスリン分泌が低下している可能性も高く、処方には格段の注意が必要でしょう。また「正常血糖糖尿病性ケトアシドーシス」は重篤な病態を呈するにもかかわらず、高血糖ではないことから脱水などといった自覚症状に乏しく、臨床症状だけで鑑別診断をつけることは難しいことを留意しておくべきでしょう。

 

体重減少効果を求め、安易に使用するのではなく、それぞれの症例におけるインスリン分泌状態を確認すること、また、インスリン注射、およびインスリン分泌促進剤を使用している症例では、処方変更時には十分な注意を払った上で、SGLT2阻害剤を選択することによって、まさに、この薬が良薬として効果を発揮するものと痛感するところであります。 

 

文献1 

Zinman, B., Wanner, C., Lachin, J. M., Fitchett, D., Bluhmki, E., Hantel, S., ... & Broedl, U. C. (2015). Empagliflozin, cardiovascular outcomes, and mortality in type 2 diabetes. New England Journal of Medicine, 373(22), 2117-2128.

文献2

Risk of Diabetic Ketoacidosis after Initiation of an SGLT2 Inhibitor

N Engl J Med 2017; 376:2300-2302June 8, 2017DOI: 10.1056/NEJMc1701990

 

文献 3

Yabe, D., Iwasaki, M., Kuwata, H., Haraguchi, T., Hamamoto, Y., Kurose, T., ... & Seino, Y. (2017). Sodium‐glucose co‐transporter‐2 inhibitor use and dietary carbohydrate intake in Japanese individuals with type 2 diabetes: A randomized, open‐label, 3‐arm parallel comparative, exploratory study. Diabetes, Obesity & Metabolism, 19(5), 739.

 

文献4

Ogawa, W., & Sakaguchi, K. (2016). Euglycemic diabetic ketoacidosis induced by SGLT2 inhibitors: possible mechanism and contributing factors. Journal of diabetes investigation, 7(2), 135-138.

 
 
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