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愛し野塾 第128回 出産後うつ病の特効薬

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昨年、周産期にまつわる死亡の原因として、「うつ病」が、出血などの通常原因による死因に比べ、約2倍も高いというショッキングな調査結果が報告されました。東京都監察医務院と順天堂大の合同調査で、2014年までの10年間で妊娠から産後1年以内に自殺した女性は、東京23区内だけで63人いました。このうち 産後は40人で、5割が産後うつなど精神疾患の診断を受けていたといいます。出生10万人あたりの妊産婦の自殺数は8.7人で、23区内の出血などによる死亡数(産後42日未満)3.9人を大きく上回っていました。同様の結果は海外でも報告され、「産後うつ」は、産婦10人中1人と高頻度で発症することがわかっています。実は、精神科領 域では、重症度の最も高いうつ病と位置づけられ、入院を要するケースも少なくありません。産後うつの影響は母親本人にとどまらず、母親の育児能力が損なわれることから、子どもの成長に及ぼす影響や家族の苦悩は甚大となります。イギリスでの試算では、周産期のうつ病などのメンタル疾患による経済的損失は、1年あたり1兆円を超えると報告されています。

周産期の精神疾患に対しては、認知行動療法と薬物療法の併用によって治療が行われます。しかしこういった治療プログラムは、妊婦や新生児の母親を対象とした調査研究に基づくものではなく、うつ病患者一般を対象として得られた知見を元に、作成されたプログラムが応用されているにすぎません。また、通常用いられるうつ病薬への反応性は、妊産婦では、効能を発揮するまでに時間がかかることや、効果も不十分である、といった報告もあり、周産期の女性に特有な生理的・心理的状況を踏まえた、治療プログラムが待ち望まれてきたことはいうまでもありません。

さて、妊娠期でも特に第3期にうつ病の発症率が高まり、出産直後は、もっとも 発症率が高くなることが知られています。妊娠期に多量に放出されるホルモンが、出産直後に「激減する」ことがうつ病発症の原因として示唆されてきました。このホルモンは、実は、主要なプロゲステロンの代謝産物「アロプレグナノロン」であることが明らかになってきました。現在この「アロプレグナノロン」は、産後うつ病治療のキーとして位置づけられています。動物モデルを用いることで、不安神経症やうつ病に「アロプレグナノロン」が有効であることが示され、人においても、アロプレグナノロンを投与し、妊娠第3期と同じ高い血中レベルに維持することで、産後うつ病の治療に役立てられると考えられてきたのもやむをえないところです。

アロプレグナノロンの性質である低い水溶性から経口剤は効果的ではなく、USAN(ブレキサノロン)とよばれるアロプレグナノロン製剤は、静脈注射可能で、安定的に血中濃度を維持することができます。

今回、産後うつ病の方に、USANを用いて、無作為試験が行われた結果がランセットに発表になり、大きな話題となっていますので解説してみましょう。

 

<研究方法>

ペンシルベニア大学、マサチューセッツ大学、アトランタ医学研究センター、ノースカロライナ大学の多施設で調査は行われました。18-45歳の外来通院患者で、妊娠第3期以降~出産後4週以内の期間にうつ病診断を受けた方を対象としました。うつ病の鑑別診断には、SCID-1が用いられ、出産後6ヵ月以内の段階で、HAM-D(ハミルトンうつ病評価尺度)検査の結果、26点以上の重症患者が分析対象となりました。

抗うつ薬をすでに服薬している方も、対象に含めましたが、アロプレグナノロン静注やその評価に関わる72時間の間には、新たな抗うつ薬の追加を行わないことを条件としました。母乳を中止しているかたか、母乳をしている場合でも、アロプレグナノロン投与前に母乳を中止することを条件としました(アロプレグナノロン投与後12日で、母乳再開可能)。対象除外条件には、(1)産後うつ病のために自殺未遂行動がある場合、(2)痙攣の既往(3)双極性障害の診断(4)統合失調症の診断、(5)アルコール、薬物依存の診断のある場合、としました。

 

<アロプレグナノロン>

アロプレグナノロンをクエン酸緩衝液としたSBECDに5mg/dlで溶解した薬剤を、「ブレキサノロン」と呼称しました。入院治療によって60時間の持続点滴静注をしました。点滴速度は、最初の4時間は、30ug/Kg/hrで、4時間から24時間は、60ug/Kg/hrで、24-52時間は、90ug/kg/hrで、52時間から56時間は、60ug/kg/hrで、56時間から60時間は、30ug/kg/hrとしました。効果と安全性の評価を、7日目、及び30日目に行いました。

 *一次評価項目

60時間後のHAM-Dとしました。寛解は、HAM-Dが7点以下としました。

 

<研究結果>

試験は、2015年12月から2016年5月までの期間に行われました。23人をスクリーニングし、21人を登録しました。全員が、60時間の入院による持続点滴静注と30日後の経過観察を終えました。1人の患者のみ、第7日のHAM-D検査を受けず、17日目に、予定外のHAM-D検査を受けました。

身体特性など実薬群とプラセボ群の間に差がないことが確認されました(平均年齢27.4歳と28.8歳、 BMI32.7と29.3、HAM-Dスコア28.1と28.8、産後うつ病以外のうつ病の既往60%と55%)。少なくとも1度以上の産後うつ病の既往者は、実薬群で、70%、プラセボ群で、36%と実薬群に多く含まれました。

60時間持続点滴静脈注射後のHAM-Dスコアの平均低下点数は、実薬群で、21点、プラセボ群で、8.8点と、「ブレキサノロン」によってスコアが低下するという結果が得られました(P=0.0075)。点滴後、24時間経過後の平均点の差は、11.3ポイントで「ブレキサノロン」投与によるHAMDスコアの有意な低下(P=0.0059)を認め、この効果はさらに36時間、48時間、60時間、72時間、7日、30日後の全てのポイントで認められました。すなわち「ブレキサノロン」の「うつ病評価点数」改善効果を認めたのです。

寛解基準であるHAM-D7点以下に達した人数は、実薬群で10人中7人、プラゼボ群で11人中1人のみでした(P=0.0364)。またこの傾向は30日後まで持続しました(7人対2人、OR10.50,P=0.0499)。

<ブレキサノロンの安全性>

副作用報告は、実薬群で4人、プラセボ群で8人と、むしろプラゼボ群で多く見られました。死亡例及び、重篤な副反応もありませんでした。薬を中断した症例はありませんでした。主な副作用は、実薬群でめまいが2例、プラゼボ群で、3例でした。眠気は、実薬群で2例で、プラセボ群でなしでした。やや救急を要する副作用として、実薬群で頻脈1例、眠気1例でした。重篤な救急を要する副作用として、プラゼボ群で眠気が1例ありました。やや救急を要する副作用として、プラゼボ群で注射部位の痛みが1例、緊張性頭痛が1例でありました。治療前のスタンフォード睡眠スケールは、実薬群で2.7、プラゼボ群で2.6であり、治療後も同様に二群間に差はありませんでした。「コロンビア自殺重症度スケール」における自殺企図に関する点数は両群で改善していました。実薬群で治療前に認めた2例の自殺企図について、治療後には認められませんでした。

 

論文の論説(Jones, I., 2017. Post-partum depression―a glimpse of light in the darkness?. The Lancet.)にも強調されていますが、ブレキサノロン投与の即効性・持続性といった質の高い効果と薬の安全性から、この論文の「内容の信憑性」に疑義を感じるほどの素晴らしい内容でした。

問題点は、本研究の少ない症例数でしょう(10人)。より多くの症例について検証し、適用と安全性の確認をすることは必須でしょう。HAM-Dの値が26点以上の重症のうつ病症例を対象とした本研究で認められた驚くべき薬効は、中等症、軽症の症例でも認められるのかどうか、是非とも知りたいところです。対象者を増やすことによって、効果の是非を事前に選定しうる「病気発症因子」も浮き彫りになってくる可能性もあるでしょう。

これほどまでにインパクトのある結果をもたらした「ブレキサノロン」は、産後うつ病に限らず、うつ病患者全般への汎用性の是非が問われることでしょう。もし、汎用性があるとすれば、持続点滴法ではなく「経口剤の開発」が必要となってくるかもしれません。

このような様々な疑問は、現在施行しているフェーズ3研究で明らかにされることが期待されます。赤ちゃんのお母さんだけでなく、赤ちゃんの成長や家族にも大きな苦悩をもたらす「産後うつ病」という難題解決に向け、いよいよ光が差してきたのだと、感動させられた論文でした。

 

参考文献

Kanes, S., Colquhoun, H., Gunduz-Bruce, H., Raines, S., Arnold, R., Schacterle, A., Doherty, J., Epperson, C.N., Deligiannidis, K.M., Riesenberg, R. and Hoffmann, E., 2017. Brexanolone (SAGE-547 injection) in post-partum depression: a randomised controlled trial. The Lancet.

 
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