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愛し野塾 第131回 アルツハイマー病の謎に迫る

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神経の変性、及び神経細胞死を伴う病気を「脳神経変性疾患」と総称し、認知症を発症するアルツハイマー病は、その代表的な疾患のひとつです。1906年にアルツハイマー博士による発表以来、アルツハイマー病の病態について、世界中の研究者によって研究が行われてきました。病理学的観点から、「神経原線維変化」そして「老人斑」という2つの特徴について解明され、「神経原線維変化」はタウタンパク質、「老人斑」はβアミロイドが主たる成分であることが判明しました。こうした目覚ましい発見にもかかわらず、病気の根本を治療する「原因療法」の開発には至らず、現在はいずれも「対症療法」による治療が行われています。このため実臨床の場では、認知症の進行を遅らせることはできても、治癒させることができないのが現状です。予備軍も含め800万人と推定されるアルツハイマー病、根本治療の開発には、一刻の猶予もない状況にあります。一方で「タウか、アミロイドのどちらがアルツハイマー病の根本原因なのか」、という論争の真っ只中、未だ治療法確立へは長い道のりが続きそうだと思われてきました。

さて、最近、タウ遺伝子「MAPT」の遺伝子変異が、認知症発症に関係することが明らかになり、「タウ」をターゲットとすることで有効な治療法が得られるのではないかと考えられるようになりました。神経原線維変化の中心となる物質である「タウ」は、ベータシート構造の繰り返しが特徴的な構造を呈しています。しかし、原子レベルでの微細構造については未だ不明瞭な部分が多く、発症メカニズムをターゲットとした治療法開発には不十分であった可能性が指摘されています。アルツハイマー病で認められるタウの織りなすフィラメント構造(ペアードヘリカルフィラメントとストレートフィラメント)は、ピック病を含む、他の神経変性疾患で認められるタウフィラメントの構造とは、異なっていることがわかっています。微細構造の詳細を明らかにすることで、創薬のターゲットポイントを見出せるのではないかと期待されています。

タウ蛋白には、6つのアイソフォームがあります。エクソン10(マイクロチューブル結合リピート)の有無、N末端側にある29アミノ酸あるいは58のアミノ酸の有無の組み合わせにより構成されます。さらに別の4つのリピート構造が、244-368残基にありR1―R4と呼称されています。

今回、アルツハイマー病の患者の脳から精製したタウを用いて、Å単位の微細構造が明らかになりました。これによって、創薬のターゲットが明らかになった可能性が広がり、このニュースは世界中で報道されました(http://www.bbc.com/news/health-40493868(2017年7月5日閲覧))。イギリスMRC研究所のゲダート博士、シェレス博士らによって7月号の「ネイチャー」に発表になったばかりです(Fitzpatrick, Anthony WP, Benjamin Falcon, Shaoda He, Alexey G. Murzin, Garib Murshudov, Holly J. Garringer, R. Anthony Crowther, Bernardino Ghetti, Michel Goedert, and Sjors HW Scheres. "Cryo-EM structures of tau filaments from Alzheimer’s disease." Nature 547, no. 7662 (2017): 185-190.)。今回はこの研究報告について、解説したいと思います。

 

【対象と方法】

病理解剖でアルツハイマー病と確定診断された74歳の女性の患者から抽出した大脳皮質サンプルを用いました。βアミロイドが原因の遺伝的アルツハイマー病ではないことは、APP/PSEN1/PSEN2に遺伝子変異がないことで確認されました。患者の大脳皮質の切片をチオフラビンS染色法によって観察した結果、神経原線維と老人斑の顕著な存在を認めました。脳組織のサルコシル不溶性フラクションには、ペアードヘリカルフィラメント(PHS)とストレートフィラメント(SF)が多量に含まれていました。これらフィラメントは、ネガティブ染色を用いた形態的特徴、ウエスタンブロッティングによる分子量検定、in vitroのシード形成検討実験から、これまで報告されているフィラメントの特徴を備えていることが確認されました。その後、サルコシル不溶成分を、遠心分離、ゲルフィルトレーションによって、PHSとSFを精製しました。精製されたタウフィラメントにも、シード形成能力があることが確認され、真正フィラメントであることが証明されました。低温電子顕微鏡法を用いて、3.4Åないし3.5Åの精度で構造解析に供しました。

 

【結果】

PHFとSF共に、C型構造を持つサブユニットからなるフィラメント、2つから構成されていることがわかりました。これは従来の報告を支持する結果でした。さらに、Å単位の構造解析の結果、フィラメント形成をするコアとなる部位が、アミノ酸残基の「V306―F378」に存在することを認め、これは、R3とR4の部位に相当し、PHFとSFともにシェアされていることがわかりました。N末端とC末端の両者には、R1とR2部位との弱い結合があることも発見されました。

突き止められたコアの部位の特徴について、「プロナーゼ処理」「マススペクトメトリー」「抗体ラベル」法が用いて分析を行った結果、プロナーゼ処理でもコアの構造は保持され、これも従来の報告と一致するものでした。プロナーゼ処理したコアの部位について、マススペクトメトリー解析を行った結果、R3―R4にかけての部位が最も多く含まれていることがわかりました。そこには、一部3Rと4Rの部位も含まれていました。R2の一部に対する抗体は、プロナーゼ処理前には、コアを認識しましたが、処理後には認識しないことから、コアの部位にR2が弱い結合をしていることが確認されました。R3とR4に対するコア内部に存在する部位をエピトープとする抗体は、予想通り、コアを認識できませんでしたが、変性させたゲル内では、認識することがわかりました。コアのシークエンスをすると、R3―R4が存在することも証明されました。以上から、コアを形成するのは、R3―4がメインであることは間違いないことが証明されました。

コアは、8つのベータシート構造から構成されています。8つの連続的なベータシートが、整然とC型に折りたたまれるように、(1)各ベータシートの間に、特別なアミノ酸が配置されていること(3つのプロリンと、2つのグリシン、1つずつのアスパラギン酸とグルタミン酸)、(2)この部位の開始部位と終了部位に10Åの高低差があること、がわかりました。こうした構造上の特徴が、8つのベータシート構造(β1―β8)を安定化させ、β1とβ8の間に疎水結合、β2-β8の間でのポーラージッパーモチーフによるパッキングが可能となり強固な構造となることがわかりました。β4-β6で三角構造(βヘリックス)を作ること、これに寄与する決定的なグリシン残基(Gly355)の存在も明らかになり、構造の安定化に寄与していることが証明されました。

PHFとSFは、そのコア構造が同じであるにもかかわらず、最終的な微細構造に違いがある原因についても解明されました。ペアを形成するアミノ酸残基にわずかな差があることが判明したのです。PHFでは、コア構造の一部である、アミノ酸残基332-336の部位と332-335の部位で、アンチパラレルスタッキングが疎水結合により強固に形成されます。一方、SFでは、アミノ酸残基317-324と312-321の部位が関与しパッキングされることが判明しました。加えて、317、321番目のアミノ酸残基の関与も証明され、PHFとは明瞭に部位が異なっていました。

 

【議論】

PHSとSFのコアを形成する、正確なアミノ酸の部位が判明したことは画期的なことです。さらに、コアが、シードとなり、マイクロフィラメントが形成されるメカニズムが解明されたことで、フィラメント形成の阻害剤の合成や、フィラメントを特異的に染めるツールの開発が格段に進むことが予想されます。

また、PHF形成の分子メカニズムが明らかとなり、SFとの違いも明瞭となりなりました。今後は、タウが関与する別の病態でのマイクロフィラメント形成の違いも明らかにされることでしょう。そして、例えば、症例の多い、ピック病にも治療薬、診断薬開発の可能性が広がったと言えるでしょう。

長らく停滞していたアルツハイマー病研究、大きな躍進を遂げたと言っても過言ではないのではないでしょうか。

 

 

 

 
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