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愛し野塾 第142回 アウトブレイクを抑止する感染症の診断革命

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僻地や集落で発生した、生命を脅かす「毒性の高い感染症」への対応が、不十分な医療環境ゆえに、短期間に爆発的に広がる「アウトブレイク」は、さらに重大な世界的大流行である「パンデミック」に発展すれば、いうまでもなく人類の大きな脅威となるでしょう。

鮮明に記憶に残る、2014年の西アフリカエボラ出血熱のパンデミックでは、ギニア、シエラレオネ、リベリアでエボラ出血熱が出現しました。流行の初期の段階では、当地域の医療施設や医療関係者が少なかったこと、また地域独自の風習(死者に触れて哀悼するなど)からも窺い知れるように、医療関係者だけでなく、感染患者やその家族、地域住民への迅速、かつ適切な情報提供などができない環境であったことは、アウトブレイクに直結した重大な要因でしょう。同時に、PCRなどの検査機器の不備によって病因特定・鑑別診断が遅れたこともまた、急速な感染症の拡大、パンデミックの発生を許した、大きな反省点であることは明確です。

こうした背景から、エボラ出血熱など、生命を脅かす高い毒性を持つ感染症を、感染症発生圏内で、高精度で迅速に診断ができ、かつ安価な検査技術が設備されることが、求められてきました。しかし、「言うは易く、行うは難し」という言葉通り、その開発は行き詰っていたのです。

さて、ついに2017年春、この問題を解決に導くだろう、と高く評価された全く新しい技術が発表されました。10月26日号のNEJMに取り上げられたボストンのブロード研究所のグーテンブルグ博士らによって報告された「シャーロック」法です(1)。オリジナルの論文は、「サイエンス」4月28日号に報告されています(2)。

<方法>

CRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeats)・Cas法によるゲノム編集技術の理論をベースに開発された方法が用いられました。これは、細菌が、ウイルスなどの外来の侵入物を排除する個体を守るための免疫システムです。ウイルスの構造に由来する配列が、細菌のゲノムには、「クリスパー(CRISPR)」として保存されています。外来ウイルスによる攻撃に対し、クリスパーに保存されている配列から、ウイルス特異的なRNA(CRISPR・RNAと呼びます)が合成され、即座に、ウイルスが認識されます。一旦、CRISPR・RNAが、ウイルスに相補的に取り付くと、酵素であるCasが活性化され、外来ウイルスのゲノムの特定部位が切断されます。こうして外来ウイルスは細菌に侵入することができません。CRISPR・RNAを人工的に作成した「ガイド RNA」を、Casと一緒に細胞に組み込むことによって、任意のゲノム上の特定部位を正確に切断できることもわかっています。

今回の研究では、多数あるCasの一つである、CAS13aが用いられました。試験管内で、人工的に作成したガイドRNAを用いて特定のウイルスの配列を認識したCAS13a が特定部位を切断します。これによって同じチューブに別途入れてあった、ガイドRNAに相補的なRNAフラグメント(フルオレッセンスでタグをつけたもの)が次々と切断されます。定量のために、ここに試験管内にあらかじめ加えていた核酸を増幅するシステムによって、切断されたRNAフラグメントからのフルオレッセンスの発光量が増え、RNAでもDNAでも、特異的な変異を、極めて微量なサンプルから特定できるという成果が得られました。

この方法を用いて、臨床的に問題となるジカウイルスとデングウイルスの判別に使えるかどうか、が試験されました。両者は、同じフラビウイルス科に属し、血清学的にも交差反応が起きることから、確定診断がしばしば問題になるウイルスです。

人工的に、それぞれのウイルスの配列を挿入したウイルスを作成し、「シャーロック」法を用いて、検査を試みたところ、2アトモル(10 −18 mol)の超低濃度でも、ジカウイルスが同定され、しかも、デングウイルスとの差異が識別されました。アトモルレベルでの同定は、実臨床での使用に耐える感度とされます。

次に、シャーロック法で使われる試料を凍結乾燥させ、紙の上で、スポット状に再度水和させる(紙面シャーロック法)方法で、感染症の発生地域で、簡便かつ正確に検査可能かどうかが検討されました。残念ながら、「紙面シャーロック法」では、感度は10倍低下してしまいました。しかし、20アトモルと高濃度ではありましたが、ジカウイルスとデングウイルスの判別には成功しました。

さらに、臨床応用の可能性を求め、4人のジカウイルス感染者の血清と尿を用いて、シャーロック法を用いた結果、4人全員の診断を達成し、汎用性を認めました。

次に、「シャーロック法」が、ウイルスだけではなく、細菌についても同定可能かどうか調査されました。単離コロニーを用い、大腸菌、緑膿菌について、黄色ブドウ球菌、結核菌、クレブシエラの3種から判別を試みた結果、正確な判別に成功しました。

シャーロック法の判別精度の分析によって、わずか1塩基の違いも判別可能であることが証明され、ジカウイルスのアフリカ株とアメリカ株の差異も同定されました。またヒト唾液のサンプルから、5個の健康に関係する遺伝子のSNPも同定しました。

最終的に、ヒト血液中の核酸から、がん細胞由来の遺伝子の同定を試みました。血液中には、正常な遺伝子が大量に存在するため、微量なガン遺伝子を検出することは極めて困難であるにもかかわらず、全体の0.1%しか存在しないガン遺伝子(EGFR L858RとBRAF V600E)の同定に成功したのです。今後は血液サンプルからの精度の高いがん診断の可能性も広がることでしょう。

コスト及び、汎用性については、「紙面シャーロック法」では、デザイン、ガイド RNAの合成など試験試料の作成に2−3日、病原菌の同定に1−2時間要すると推算され、感染症の発生地域での迅速な対応が可能なることが期待されます。コストは、一回のテストあたり、わずか0.61ドルと試算され、実現の可能性は高まります。

紙面シャーロック法では、20アトモルという高濃度のターゲットを含むサンプルが必要になることが、唯一、ハードルとなるかもしれません。しかし、効率的な核酸の増幅を可能とする技術開発は、高いハードルとは思えず、実現するのは、時間の問題でしょう。

シャーロック法は、感染症発生のあらゆる地域で用いられるようになると思います。この方法の高い精度、そして汎用性から、ガンの特定、人の遺伝子の特定にも役立つでしょう。まさしくPCR出現時の驚きと賞賛に匹敵する、大きなインパクトをもたらした研究成果だ、と、私は、しみじみ感じているところです。

 

(1)A CRISPR way to diagnose infectious diseases Caliendo et al. N Engl J Med 2017; 377:1685-1687October 26, 2017DOI: 10.1056/NEJMcibr1704902 

(2)Gootenberg, J. S., Abudayyeh, O. O., Lee, J. W., Essletzbichler, P., Dy, A. J., Joung, J., ... & Myhrvold, C. (2017). Nucleic acid detection with CRISPR-Cas13a/C2c2. Science, eaam9321.

 
 
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