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愛し野塾 第144回 経皮冠動脈インターベンションのターニングポイント

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心臓をとりまく冠動脈は、酸素や栄養素を心筋へ供給する動脈です。動脈硬化による冠動脈の変性は、心筋への血液供給を著しく減少させる「狭窄」や「閉塞」の原因となり、「狭心症」を引き起こします。さらに冠動脈の血管が完全に詰まり心筋虚血状態となる「心筋梗塞」では、心筋細胞に壊死が生じ、心臓の機能低下によって死亡リスクが一気に跳ね上がります。

「狭心症」は、臨床症状によって二つに分類されます。労作時に狭心症発作が生じるものの増悪傾向がなく容体が安定している「安定狭心症」、狭心症発作が頻繁、かつ持続時間が長くなったり、安静時にも生じ、心筋梗塞に移行する可能性が高まる「不安定狭心症」です。

さて、「安定狭心症」についても、緊急処置を要する不安定狭心症と同様に、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を早急に行い、狭窄部位を広げることは、生命予後改善に非常に有効である、という概念が優勢でした。ところが、昨今、症状の安定した安定狭心症にPCIを施行することの有効性を疑問視する報告が相次ぎ、専門家の間では、盛んに議論されています。PCIをしても、肝心の心筋梗塞の発症を減らす効果や、死亡率を低下させる効果がないことが、無作為試験やメタ解析から次々明らかにされてきました。しかしそうは言っても、PCIが、狭心症の痛みを抑える、という効果から、PCIをしないという選択肢は、取りづらいのが現状、というところでしょうか。事実、臨床の現場では、PCI治療は、増え続けています。冠動脈インターベンションの件数を競い、ランキングまで発表される風潮にのせられて、「実績数」で患者の信頼を得よう、とする医療機関もあるくらいです。留置する冠動脈ステントが1本約50万円、さらに施行数に応じて利益が見込まれる背景があることも黙視できません。PCIはルーチン、かつ当たり前のこと、と受け止めている医師も少なくありません。某メディカルセンターのホームページによると、PCIの費用は、患者の3割負担で40-60万円との記載があります(2017年11月閲覧)。すなわち総額で、133万円から200万円もかかることになります。

高額な医療でかつ、死亡率や心筋梗塞率を下げないカテーテル治療の適応について、米国心臓学会では、「ガイドラインに則った厳格な経口剤による治療によっても狭心痛がコントロールできない場合に限り、 PCIを認める」と厳しい条件を課しています。ところが、PCIの半数は、この条件を満たしていない、という見解もあります。裏を返せば、無駄に高額なPCIが、多数行われている可能性があるのです。さらに合併症として、死亡(0.65%)、心筋梗塞(15%)、腎障害(16%)、脳卒中(0.2%)、血管合併症(2-6%)という報告もあるように(1)PCIには、危険性も存在し、当然、厳密な条件での適応が求められるべきものなのです。

さて、「痛みが軽減する」などの狭心症コントロールとしてのPCIの効果は、実は「心臓カテーテルをしたという侵襲的な施術そのもの」によるのではないか、「ステントの留置など血管再建術をすることには、意味がないのではないか」、という驚くべき考えが出てきました。ただし、この斬新な考えの検証には、比較検討するためには、「重症の冠動脈疾患がある」プラセボ群を設け、「カテーテル施術は行う」が、「狭窄部位にステントは入れない」という勇気ある方法を取らなければなりません。このようなプラゼボ行為は、非倫理的行為とされ、1977年に冠動脈インターベンションが開発されて以来、過去40年一度もなされてきませんでした。

さて、今回取り上げます「ORBITA」研究は、この重大な課題を克服した最初の研究となりました。ワシントン大学のブラウン博士らは、ランセットの「コメント」で「この挑戦は賞賛に値する」と高く評価(1)し、加えて「安定狭心症における PCIはとどめを刺された」とまで述べています。論文は、英国インペリアルカレッジのアラミー博士らによって11月2日、オンライン版のランセットに発表されました(2)。

【研究】

冠動脈血管1本のみが重度の狭窄(70%以上)を認めた症例を対象に研究は行われました。試験登録後6週間、最適であると評価された経口剤の投与が行われました。同期間は、週に1-3回、抗血小板薬を3剤服用するように電話指導が行われ、6週間で、最適な治療が施行されました。実際、この期間に狭心症の症状の消失を認めた39人の参加者のうち、17人は、試験参加を中止しました。

試験参加者は、運動耐用能測定・症状に関する質問・ドブタミンストレス下のエコー検査の後、PCI群、プラセボ群の2群に無作為盲検法を用いて、1:1で割り付けられました。治療6週間後、施術前と同じ検査が行われ、一次評価項目として、トレッドミル歩行検査によって、運動時間が比較検討されました。運動時間は、低血圧、心室性の危険な不整脈、3mm以上のST低下、胸痛が生じた場合にトレッドミルを中止するまでの時間と定義されました。

対象となった200人は、PCI群に105人、プラセボ群に95人の2群に無作為に割り付けられました。平均年齢は66歳、男性の比率は73%、BMIは28.7、糖尿病罹患率は18%、高血圧罹患率は69%、高脂血症が72%、喫煙者が13%、陳旧性心筋梗塞が6%、PCIを既に施行されているのが13%、左室収縮機能は92%が正常、カナダ心血管協会の狭心症の重症度分類で、中程度から弱強度の運動で生じる狭心症が98%で、狭心症の罹病期間は平均で9ヶ月、いずれも2群間に差を認めませんでした。

施術時間は、プラセボ群は61分、PCI群では90分と有意に長く、両者共に、3本ある冠動脈のうち前下降枝に病変がある症例が69%を占めました。平均閉塞率は、84%と極めて高率でした。FFRは0.69、iFRは0.76でした。ステントは、すべてDESが用いられ、ステントの平均長は24mmで、術後のFFRは0.90、iFRは0.95と有意な改善を認めました(いずれもP<0.001)。

一次評価項目である運動時間の改善率、(P=0.20)、二次評価項目である1mmのST低下に要する時間変化(P=0.164)、最大酸素摂取量(P=0.741)に2群間の差を認めませんでした。

総じて、狭心症の改善を認めたのは PCI群で40%、プラセボ群で38%、2群間に統計的有意差は、認められませんでした(P=0.916)。

有害事象としては、プラセボ群で、2人が胃からの出血を起こしました。2人ともにステントを留置し、PPIが処方され、出血は止まりました。4人のプラセボ患者で、狭窄部位にワイアーを通す時に、内膜を損傷したため、ステント留置されました。これら6人については、その後の経過に問題はありませんでした。

さて、「少なくとも1本の冠動脈に狭窄がある症例については、安定狭心症の場合、ステント挿入は不要」との結論が得られたことは、多くの医療研究者を驚嘆させました。論文内容は、心臓専門医らの「信じられない結論である」といったコメントとともに、アメリカ・ニューヨークタイムズ11月2日号に掲載されました(3)。記事のタイトルは、”’Unbelievable’: Heart Stents Fail to Ease Chest Pain”と掲載され、専門家間の相当な反響があったことは明らかです。

今回の試験で、複数の冠動脈の病変があるものは対象外とされました。今後はさらに進行した狭心症の場合でも、同じ結果が得られるのかどうか、興味が持たれるところです。今回は、施術後6週間という短期間の分析結果であり、死亡率、心筋梗塞発症率の検討について、今後、長期的視野に立った研究成果が待たれます。

さて、PCIによる血流改善効果は、施術後、極めて早く現れるとされます。過去の30日、37日、6週間で効果を判定した研究のいずれについても、有意な効果を認めており、「当研究で用いられた6週間後のPCIの効果判定」は、妥当であると考えられます。しかし、経口剤の効果は、より時間がかかることから、6週間後の観察では効果を評価するには、短いのではないか、と指摘されています。つまり、施術後の時間経過とともに、プラセボ群がPCI群を上回る可能性も否めないということでしょう。

さて、「冠動脈が狭くなっているから、狭心症を発症するだろうという概念」に対して、疑問を呈した本論文の中でも、特筆すべき点は、「ステントを置かない、本当の意味でのプラセボ施術が、これほどまでに重症(狭窄率が平均で84%)とされる冠動脈狭窄症の患者の痛みを取る効果があったこと」、「あらゆる検査パラメーターについて、PCIと同等の効果を認めたこと」でしょう。研究を遂行した勇気あるインペリアルカレッジの面々に拍手を送ると共に、今後、再現性があるのかについての検証は重要なポイントとなるでしょう。「飲み薬と同等の効果しかないにもかかわらず施行されている、高額、かつ有害事象の多いPCI」という結論の是非をめぐって、PCIは、重大な岐路に立たされているのかもしれません。

結論に至るまで、私たちは、心筋梗塞予防を意識的に実行することが肝要でしょう。適度な運動、健康的な食事、禁煙、休養、また社交的活動など、健康な日常生活を心がけることが副作用の最も低い、しかし簡単ではない修行のようなものかもしれません。しかし、PCI=万能だ、と盲信するのではなく、きちんとしたプラゼボを設けた対照試験の結果を見た上で、効果判定するべきだったのではないだろうか、そうした思いを強くもたせられた検証報告でした。

 

(1)Brown, D. L., & Redberg, R. F. (2017). Last nail in the coffin for PCI in stable angina?. The Lancet. Lancet. 2017 Nov 1. pii: S0140-6736(17)32757-5. doi: 10.1016/S0140-6736(17)32757-5. [Epub ahead of print] No abstract available.

 

 (2)Al-Lamee, R., Thompson, D., Dehbi, H. M., Sen, S., Tang, K., Davies, J., ... & Nijjer, S. S. (2017). Percutaneous coronary intervention in stable angina (ORBITA): a double-blind, randomised controlled trial. The Lancet. pii: S0140-6736(17)32714-9. doi: 10.1016/S0140-6736(17)32714-9. [Epub ahead of print]

 

 (3) ‘Unbelievable’: Heart Stents Fail to Ease Chest Pain

Leer en español By GINA KOLATANOV. 2, 2017

https://www.nytimes.com/2017/11/02/health/heart-disease-stents.html

 

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