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愛し野塾 第147回 ナメクジからヒントを得た組織接着剤の開発

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外科術において、傷口を縫い合わせ、感染を防御し、患部の再生治癒を促す、といった目的を持った医療器具である「縫合糸」。この開発は目覚ましいものです。しかし、縫合糸及び、針を用いた医療行為は、時間を要するだけでなく、常に合併症リスクへの細心の注意が必要です。また最新の技術を持って開発された縫合糸であれば、その材料費も無視できません。医療用ホッチキスである「ステープラー」についても、開放創では有効ですが、使用するデバイスはかさばり、挿入に伴う組織ダメージは、感染源にならないとも限りません。また、患部について、高度な耐水性のある密封状態を作るには、「縫合糸」や「ステープラー」では、完璧とまではいえず、それらの素材は、組織よりも剛性が強いことから、傷の状態次第では、組織の損傷が危惧されるところです。こうした問題を克服する素材として期待されている組織用接着剤である「シーラント」は、組織への毒性、ウエットな条件下の低い接着効率、柔軟性の問題から、外科医が使いたがらず、臨床応用が頓挫していました。

こういった背景から、液状の接着剤で、ウエット環境下で使用可能で、可動性が高く、効果的に使用できる「材料」開発が求められてきました。従来の組織接着剤は、硬さは十分であるものの、生体に対応できる可動性に乏しい「Super Glue」や、接着力の弱い「ナノパーティクル」しかありませんでした。ナノパーティクルの接着力は、10Jm-2と微弱です。例えば、軟骨と骨との接着力は、800Jm-2程度ありますから、その接着性には、80倍もの相違があるわけです。われわれを構成する組織同士の接着性がいかに強いものであるか、がわかりますね。接着剤には、高い結合エネルギーのほか、組織の変形に対応できるマテリアル内部での「ヒステリシスに基づく力の拡散を達成」する必要があります。例えば、血管は血液の流れによって変形する動的な器官ですから、この血管を切断後、再接合するための接着剤には、適切な結合力と血管の動的な性質に継続的に対応できる性質を有するものが必要なのです。

さて、「ナメクジから分泌される液体」を模倣し、生態接着剤の開発に成功した、という大変ユニークな報告が、ハーバード大学のリー博士らによって、7月28日号のサイエンスに発表されました(1)。この内容は11月23日号のNEJMでも取り上げられました(2)。

 [研究]

新規接着物質の開発に伴い、2つの条件が設けられました。1つ目が、ナメクジの分泌する接着物質の研究から、「一級アミンが物体表面との共有結合に、必須の役割を果たしていること」にヒントを得て、新規接着物質のブリッジングポリマーに、プラス電荷を帯びた一級アミンを保持させました。このポリマーは「静電気力」によって組織表面に接着し、組織表面のカルボキシル基と一級アミンが共有結合します。2つ目は、エネルギーを拡散できるハイドロゲルを用いました。アルギン酸ポリアクリルアミドハイドロゲルは、変形した状態でエネルギー拡散能力に優れています。「界面架橋とバックグラウンドヒステリシスを組み合わせることで、ウエットな組織にも使用可能な強固な接着剤が作成できる」という仮説のもとで分析が行われました。ヒトの皮膚の条件に似ているブタの皮膚を用いて、試作品の接着性が検討されました。最適なブリッジングポリマーの選択のため、キトサン、ポリアリルアミン(PAA)、ポリエチレニミン、コラーゲン、ゲラチンの5種類のブリッジングポリマーに、架橋化剤を加えてブタ皮膚への接着性が検証されました。結果は、ブタ皮膚と<PAAとキトサン>の接着エネルギーが、1000Jm-2よりも大きく、良好な結果が得られ、一方でポリエチレニミン、コラーゲン、ゲラチンは、100Jm-2以下と弱い接着性しかないことがわかりました。<PAAとキトサン>の一級アミンの濃度が高いことから、これが高い接着エネルギーを発生させていると推察されています。これによりブリジッグングポリマーに「キトサン」を用いることにしました。

次に、キトサンと架橋化剤を添加し、ハイドロゲルとして(1)アルギン酸ポリアクリルアミド、(2)アルギン酸単独、(3)ポリアクリルアミドの3種類で比較したところ、アルギン酸ポリアクリルアミドの接着性が、1000Jm-2程度と最も効率が良いことが明らかになりました。

これらの結果から、新規強力接着剤(TA)として、「キトサン」、「架橋化剤」、「アルギン酸ポリアクリルアミド」を用いることになりました。ブタの皮膚に加えて、軟骨、心臓、血管、肝臓を試したところ、ほぼ同等の接着性を認めました。キトサンを放射線ラベルし、 ハイドロゲル、皮膚、筋肉への浸透率を測定した結果、それぞれ60μm、30μm、30μmと良好な値を示しました。キトサンが、ハイドロゲルや組織に浸透することで接着性が高まることが証明されたのです。

接着力の時間経過について、ブタの皮膚を用いて観察したところ、20分程度で1000jm-2に達し、その後も接着性は徐々に増すことがわかりました。接着時間に要するのは、5分から30分と見込まれました。

血液のない条件で、従来品であるSuper Glueと比較すると、TAは、約5倍の接着性があることがわかりました。

血液を皮膚に塗布した条件では、Super Glueは、ほぼ接着性を失いましたが、 TAは、血液のない条件とほぼ同等の接着性を認めました。生体臓器がウエットである、という条件下でも、TAの接着性は適正であることがわかりました。

次に拍動している心臓の表面に血液を塗布した上で、 TAを試したところ、最大接着力は83kPaと推定されました。従来品の10kPaに比べ、TAは約8倍の接着性があることがわかりました。

炎症細胞浸潤について、組織染色によって分析されました。Super Glueに比較して、TAで有意に浸潤が少なく、TAの組織障害性が低い可能性が示唆されました。肝臓の表面にTAが接着した状態から引力を、加え続けると、当初の長さの14倍に達するまで接着性が保持されました。TAの接着性は強力、かつ変形力も大きいことが証明されました。

次に心筋に穴を開けて、シーラントとしてTAを用い、367mmHgの圧をかけて心臓を膨らませた場合でも、血液の漏れは検出されず、TAのヒトの組織での汎用の可能性が示唆されました。軟骨損傷のリペアーや、肝動脈の断裂モデルにも、TAは効力を発揮し、破損軟骨の作用の補完のほか、損傷血管からの血液の漏れを防ぐことが証明されました。また、 TAが使用された組織に炎症や癒着を生じないことが示されました。

以上の結果から、TAの優れた接着力、変形性が証明され、臨床応用の期待が高まりました。次に必要なのは、ヒトへの臨床応用のために、開発されたTAの生体吸収性を高めることでしょう。

ハーバード大学のカープ博士によって開発された、光で活性化するポリマーは、ヨーロッパで認可され、使用開始されたばかりです。この新規マテリアルは、血管治療時、縫合糸と一緒に使用され、液状のポリマーを、縫合糸で縫い付けた血管の周りに塗布し、光を当てると血管縫合が強化され、その上、生体に吸収される素材であることから、今後の臨床応用が期待されています。

今回ご紹介した、開発された「TA」によって、今後、血管接合時に縫合糸も不要になれば、手術時間は短縮し、合併症の減少も期待されます。バイオミミクリーともいえる「ナメクジ」に倣ったの生態機能から「ヒト」の病気を治す治療へのトランスファーが上手く運び、より安全な外科術の発展を期待するところです。

  1. Li, J., Celiz, A. D., Yang, J., Yang, Q., Wamala, I., Whyte, W., ... & Mooney, D. J. (2017). Tough adhesives for diverse wet surfaces. Science, 357(6349), 378-381.
  2. Karp, J. M. (2017). A Slick and Stretchable Surgical Adhesive. New England Journal of Medicine, 377(21), 2092-2094.

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