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愛し野塾 第153回 血友病の遺伝子治療・ベクター開発

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血友病の治療

血友病は、血液凝固因子が欠損(80-85%を占める血友病Aでは、第VIII凝固因子の欠損、血友病Bでは第IX凝固因子の欠損)している10000人に1人の割合で生じる遺伝病で、重症度に違いはあるものの主に出血症状を示す特徴があります。放置すると、関節、筋肉や軟部組織、中枢神経への出血をきたし、合併症により運動器、神経系統を含む様々な機能低下をきたします。このため、出血の予防と治療、不足分の凝固因子を含む、凝固因子濃縮製剤を、生涯を通して、極めて頻繁に静脈注射によって補充することが求められます。こうした血友病の治療法はすでに確立されており、在宅でのセルフケアを主体とした治療を規定通り遵守すれば、健常人と同じ、生活の質が担保された生命予後があるとされています。

しかし、長く続く煩雑な治療へのアドヒアランスの低下が、凝固因子の血中濃度低下を引き起こす可能性があり、これに伴う関節などでの出血症状の増悪リスクの上昇や、患者・患者家族を悩ます高額の医療費の負担が未解決な重大な問題として残っています。医療経済の見地からも、血友病Aは、高額レセプトの上位を常に占め、平成23年には、過去最高額とされる「1ヶ月あたり1億1千500万円」を記錄しました(1)。こうしたことから血友病患者ケアの中でもまず改善すべき課題は、定期的な凝固因子の静脈注射に伴う患者への肉体的、精神的、経済的負担を減らす手段の確立と、投与された凝固因子に対するインヒビター合成回避法の確立に焦点が絞られてきました。すでに半減期延長型の血友病製剤が開発され、静脈注射回数も以前より減少し、一定の効果はあげているものの、未だ週3回の静脈投与が必要であるなど、患者の負担は軽いとはいえません。現在までに世界中の科学者が、静脈注射ではない別ルートを介して、簡便かつ安全に、そして安価で、血友病患者に適切な凝固因子の補充ができるようにと、この課題に向き合ってきました。

さて、新しい遺伝子治療用ベクターを用いて行われた、イギリスのロイヤルロンドン病院のパシ博士らによる血友病治療の「革新的な方法」が高く評価されています(2)。第VIII因子を効率よく発現する遺伝子治療用ベクターであるAAV5-hFVIII-SQの開発について、動物実験レベルでの成功を収め、さらにヒトへの応用に挑みました。第VIII因子は遺伝子サイズが大きく、AAV5ベクターへの挿入に困難がありましたが、B領域を欠失させたSQバリアントを用い、導入に成功したのです。

 <対象>

重症の血友病A患者のうち、これまで第VIII因子へのインヒビターの出現がなく、AAV5に対する抗体を持たず、少なくとも150日間、血漿由来第VIII因子製剤か、遺伝子組み換え型製剤を投与されている症例を対象に研究が行われました。出血事象が生じた時のみ第VIII因子製剤を投与する、いわゆる「オンデマンド」で治療されている症例では、研究参加前の12ヶ月で少なくとも12回の出血イベントのあった症例を対象としました。

2015年から2016年にかけて、成人患者9名(患者No.1-9)が登録され、イギリス、5箇所の医療センターで3群に分けられ、3段階の異なる容量の第VIII因子を発現するベクター(AAV5-hFVIII-SQ)が投与されました。低容量コホートでは、6x1012(体重Kg当たりのベクターゲノム数)を1人(患者No.1)に投与、中容量コホートでは、2x1013(体重Kg当たりのベクターゲノム数)を1人(患者No.2)に投与、高容量コホートでは、6x1013(体重Kg当たりのベクターゲノム数)を7人(患者No.3-9)に投与しました。9人は入院後、1時間以上かけて前述の容量の遺伝子発現ベクターが投与され、その後、24時間の経過観察が行われました。オンデマンド投与を受けていたのは、患者No.4の1名でした。

予防的な第VIII因子投与を定期的に受けていたNo.4以外の8人は、遺伝子治療後、第VIII因子製剤静脈投与を中止しました。遺伝子治療後に出血エピソードがあった場合には、静脈注射による第VIII因子の投与を可能としました。

<安全性の検討>

肝機能障害を示すALTの値は、最高値は128U/Lで、7人にその上昇を認めました。その他、関節痛・6人、背部痛・4人、倦怠感・3人、湿性咳嗽・3人に認められましたが、総じて重篤症状は認めず、肝機能障害に関しては自然軽快しました。唯一の重篤な有害事象を認めた患者No.6の遺伝子治療前から生じていた関節への出血が止まらない症例については、試験期間中に関節置換術が施されましたが、これについては、遺伝子治療とは無関係な有害事象と考えられました。

<効果の検討>

(1)低用量のAAV5-hFVIII-SQを投与された<患者No.1>では、経過中一度も血中濃度が1IU/dlを超えるに至らず、また第VIII因子の静脈投与量も遺伝子治療の前後で変わらず、第VIII因子静脈治療に戻りました。

(2)中容量のAAV5-hFVIII-SQを投与された<患者No.2>では、1-3IU/dlの血中濃度でした。体重Kg当たりの第VIII因子製剤の消費量は、年にして3029IUから366IUに減少しましたが、出血イベントは、3回から11回に増え、試験終了後にオンデマンド治療に切り替えられました。

(3)高容量のAAV5-hFVIII-SQを投与した症例については、徐々に血中濃度の上昇を認め、16週目には全員が5IU/dlを超え(5IU/dlは、中等症と軽症のカットオフポイントとされます)、20-24週にかけて生理的濃度に達しました。20週以降は、7人中6人が50IU/dlを超えました。<No.6>の血中濃度は、12-32IU/dlでした。52週目には、19-164 IU/dl(中間値は、77IU/dl)でした。<患者No.6>以外の6人は、出血イベントは、年当たり16回から1回に減少し、第VIII因子静脈注射回数の中央値が138回から2回に減少し、第VIII因子製剤投与量は、99%減少していました。

<免疫反応の検討>

第8週までに、AAV5のキャプシドに対する抗体の出現を全ての患者に認めましたが、AAV5に対する細胞性免疫反応は検出されませんでした。また凝固因子に対するインヒビターの出現は全ての症例で認められませんでした。

<ベクターDNAの経過>

尿など生体フルイドの分析によって、時間経過に伴ったベクターDNAの減少を認めました。また2例から分離精製した精子細胞内にベクターDNAは検出されませんでした。

<コメント>

この報告は、高容量のAAV5-hFVIII-SQの導入によって、高率に血中濃度が5IU/dlに到達し、かつ1年は維持できることが示され、血友病患者に対する予防的、かつ定期的な第VIII因子製剤投与という負担を軽減できる可能性が示され、大きな成果が得られた臨床試験でした。もちろん、血中濃度の個体差への対応については今後の検討を要するところでしょう。実際、かなりの高濃度に至った症例を認めたことから、今後はより少ない適用容量の設定を含め、治療の可能性は広がったのではないかと思います。しかし、AAV5のゲノムへの挿入位置によっては、癌の発症率を上昇させる懸念が生じます。その他、免疫毒性を含め、安全性の検証についてはさらに長期の観察が必要でしょう。しかし、血友病Aが遺伝子治療の対象となる可能性が示された今回の結果は、血友病A患者とその家族、主治医、医療関係者、さらには医療政策に携わる方に光明を与えました。今後、より大規模で、また長期にわたる臨床研究の成果が待たれます。

 

文献

(1)http://www.kenporen.com/include/press/2017/20170908_2.pdf

(2)   Rangarajan, S., Walsh, L., Lester, W., Perry, D., Madan, B., Laffan, M., ... & Pasi, K. J. (2017). AAV5–Factor VIII Gene Transfer in Severe Hemophilia A. New England Journal of Medicine.

 

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