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愛し野塾 第45回 移植技術の革新的進歩

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 国内で心臓移植の適応となる患者さんの数は、年間500人から600人いると言われています。日本心臓移植研究会のホームページ(http://www.jsht.jp/registry/japan/)によれば、心臓移植に適応する患者(心臓移植レシピエント)であると診断を受けても、移植臓器が充たらず、他界されるかたは、228人から670人いると推算されているようです。2014年末までの統計では、心臓移植に登録していたレシピエント候補939人のうち、248人が亡くなっているということでした。事実、移植術以外の治療では、救命・延命が難しいとされる心臓移植適応レシピエントの1年生存率は、わずか50%と見積もられているのですから、緊急を要するレシピエントがほとんどなわけです。
 
日本は、臓器提供数が少なく、移植技術はあるものの移植術が積極的に行われていないという厳しい現実に直面しているといえるでしょう。米国やヨーロッパでは、人口100万人あたり臓器提供者は、5−6人という割合ですが、日本は、100万人あたり0.32人と、欧米の約20分の1(2014年統計)という大変低い臓器提供率であり、臓器提供そのものへの抵抗が明らかです。
 
さて、心臓移植を受けた心臓移植レシピエントに注目してみます。2014年末までに心臓移植を受けたレシピエントは、222人いますが、そのうち206人は生存され、そのうちの200人は、外来通院によって日常生活を営まれていらっしゃいます。いかに、国内の心臓移植レベルがパワフルであるのか、を物語っているといえるでしょう。WHO(世界保健機関)は、自国の移植は自国で思考するという、勧告をしています。こうした社会的背景からも、レシピエントの救命・延命、そして社会生活への復帰を念頭に、心臓移植・臓器提供賛同へのコンセンサスを得るためお啓蒙活動の継続は必要でしょう。しかし、日本人としてもっている宗教的・思想的な「精神と肉体、魂を総合した生命の価値観」と「合理的な医学的思考体系」は相容れない側面を持ち、臓器提供には限界があるのかもしれません。したがって、啓蒙活動と同時に、別な角度からの問題解決法について、視野を拡大することも必須でしょう。 
 
さて、今回の愛し野塾では、この慢性的臓器不足を解決するかもしれない「ブタのヒトへの臓器移植の可能性」について、新しい論文が発表されましたので解説をしたいと思います。
 
10月11日号の「サイエンス」にハーバード大学のチャーチ博士率いるグループが、ブタからの臓器移植の最大の壁といわれてきた「ブタ内因性レトロウイルス(PERVs)」を、駆逐することに成功したことを発表しました。
ブタからヒトへ臓器移植をすることによって、PERVsがヒトに感染し、重大な障害を起こすのではないか、と研究を停滞させる強い懸念がありました。今回の研究報告は、ブタの腎臓上皮細胞細胞株であるPK15から、すべてのPERVsを除去することに成功したというものでした。
 
これまでは、厳格なバイオセキュリティ(防疫対策)のもとでブリーディングを行った場合でもPERVsを駆逐することはできませんでした。そのため阻害RNAを使ったり、ワクチンを用いたり、これまでありとあらゆる方法によるウイルス除去が試みられてきましたが、成功に至ることはありませんでした。今回、チャーチ博士らは、こうした苦難を乗り越え、研究を続け、ゲノムの任意の部位を切断する“CRISPR-CAS9” (clustered regularly interspaced short palindromic repeats / CRISPR associated proteins)とよばれるシステムを用いてゲノム上に存在するすべてのPERVsを取り除くことに成功しました。この切断システムは、2012年に、カリフォルニア大学バークレー校のドーナ博士が開発したものです。ゲノムのDNAを「編集(edit)」する新技術として、細菌のストレプトコッカス「CRISPR」免疫システム中に、ゲノムをはさみのように切り刻む「CAS9」蛋白を発見したことが始まりでした。ウイルスのDNAをターゲットにして標的にして切り刻むという性質を今回の実験で利用したのです。
 
まず、チャーチ博士らは、ゲノムシークエンスを施行することで、PERVsの数について「62」と決定しました。62個も存在する遺伝子を一網打尽にやっつけることは、これまでの常識では無理と考えられていました。これまでは、なんとか6個の遺伝子を不活性化するのが最大で62個の不活性化の実現は難しいと考えられていたからです。
 
しかし、チャーチ博士はこの難問を諦めるどころか、さらに一歩踏み込んだのです。チャーチ博士の「ブタから移植につかえる臓器をつくること」への挑戦は彼自身の研究人生の命題でもあったからです。試行錯誤を繰り返し攻撃の要である「CAS9」の持続的な発現系」を開発し、「62」個すべての遺伝子の不活性化を実現したのです。同時にこの不活性化プロセスによって標的化された62個以外の正常ゲノムには異常を認めず、標的の特異性が確認されました。また不活性処理したブタの細胞とヒトの細胞を混合させ、PERVsの感染効率が1000分の1まで抑制されたことを確認し、チャーチ博士のプロトコールによってブタ由来ウイルスPERVsを除去した細胞は、ヒトの移植に適応することが示されました。
 
今月(2015年10月5日)にワシントンで開催された米国科学アカデミーの例会で、チャーチ博士は62個のPERVsを不活性化した培養細胞株の他、すでに「エンブリオ」作成に成功していることを発表しました。加えて、ブタ臓器の移植時に生じる拒絶免疫反応を引き起こす「20」個の細胞膜タンパク質をコードするDNAを不活性化した「エンブリオ」の作成も成功させました。こうしたヒトへの移植適応処理をされた「エンブリオ」はすでに、母ブタに移植され、ヒトの移植実験に使えるブタの誕生を待っている状況に達しているということです。今後はハーバード大学で、このブタの臓器を用いて移植実験及び、検討が行れます。
 
臓器不足を解消する可能性のある、「ヒトに感染力を有するウイルスが除去され、移植拒絶反応を起こさない<ブタ由来の臓器>」の移植が現実味を帯びてきました。個人的に興味深いのはチャーチ博士の開発した術式による心臓移植です。昨年には、ブタの心臓を移植されたヒヒが1年以上生き延びたという記事が世間の注目を浴びました(http://www.telegraph.co.uk/news/science/science-news/10793958/Pig-hearts-could-be-transplanted-into-humans-after-baboon-success.html)。ヒヒの次は、いよいよヒトだということで移植医・研究者たちの機運は盛り上がっています。
 
移植医療の発展は生命倫理とつき合わせて考えていかなければならない医療技術でもあるでしょう。われわれ自身、治療の選択肢の一つとして深刻に考慮しなければならない状況に直面するかもしれません。さあ、みなさんは、臓器移植・臓器提供・またヒト以外からの細胞・組織・臓器提供を受ける異種移植、どのように考えますか?
 
過去の愛し野塾はこちらでも紹介しています。
 
 
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