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愛し野塾 第53回 うつ病の親をもつ子供たちに生じやすいメンタル不調を予防するには

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うつ病に罹患している親をもつ子どもたちは、メンタル不調をきたすリスクが、うつ病を持たない親の子どもたちに比較して、3−4倍も高いといわれています。
 
子どもは、メンタル不調によっていったん精神を病んでしまうと、モチベーションや集中力が低下し成績は振るわず、さらには、健康状態にも様々な悪影響を及ぼすことも明らかです。悪循環の果てに自信を喪失し、社会的成功から遠ざかり、自己否定の末、最悪の場合、自殺を企てることもあるということは、多くの研究調査から明確に示されています。
 
根本原因と推測される「親のうつ病を治療すれば、子どものメンタル不調も予防できるのではないか」と単純に考えるかもしれません。しかし、かならずしも親のうつ病治療がうまくいくとは限らないうえ、仮に親のうつ病治療がうまくいった場合でも、子供たちのメンタル不調を予防する効果は、比較的小さいとされています。このため、「うつ病の親をもつ子どもに対し直接的になんらかの予防策をとることが重要なのではないか」、と議論されるようになってきました。
 
さて、今回紹介する研究調査結果は、親がうつ病を患っていても、メンタルに健全な状態を保っている子供たちに注目しています。つまり、かれらのレジリエンスが生み出されるメカニズムを分析し、メンタル不調を訴える「うつ病の親をもつ子供たち」の治療に応用出来ないかという仮説のもと研究が行われ、2015年12月、大変興味深い結果が、Lancet Psychiatryに報告されました。
Collishaw, S., Hammerton, G., Mahedy, L., Sellers, R., Owen, M. J., Craddock, N., ... & Thapar, A. (2015). Mental health resilience in the adolescent offspring of parents with depression: a prospective longitudinal study. The Lancet Psychiatry..
この研究は、EPADと命名されました。うつ病を繰り返し発病する親を持つ子供たちを対象に、前向きにかつ長期的に観察が行われました。英国、サウスウエールズ地方の一般開業医にて治療中の患者さんのなかから「うつ病の親とその子ども」が研究対象者としてリクルートされました。親については、DSM-IVで定義する、うつ病のエピソードが最低2回認められたかたで、かつ精神障害、双極性障害、躁病、軽躁病を有さない親が対象となりました。子どもの年齢は、9歳から17歳まで、親とは血縁があること、親と同居していること、が条件とされました。IQが50以下、なんらかの重篤な身体的疾患を持つ子どもについても対象者からはずされました。
 
2007年から2011年の間に、12−18ヶ月の期間をあけて、3回の面接調査によって問診が親子に行われました。分子精神医学のための臨床評価(SCAN)、児童青年精神評価(CAPA)、強みと困難さのアンケート(SDQ)の指標が用いられ分析されました。家族機能(family functioning)を見る目的で、IYFPを用いた親と兄弟などの当該人物への「おもいやり」の程度が評価され、「前向きな感情表出」の評価は、5分間の検査中に表出された感情の記録から解析され、ソーシャルサポートスケールを用いて「両親による感情面での支援」が測定評価されました。社会とのつながり、及び交友関係については、主にSDQ尺度によって評価されました。
 
2007年2月から6月の間までにスクリーニングを受けた469家族から、繰り返すうつ病を患う親337人(女性315人、男性22人)が抽出されました。後に躁うつ病の診断を受けたケース、親の精神疾患の影響をほとんど受けていないケースは除外されました。親と血縁関係があり、親と同居している青少年331人(194人少女、137人少年、平均年齢12.4歳)から、最終的に、既に精神面での健康調査が施行されていた262人を本研究の調査対象とされました。
 
 <結果>精神疾患の基準を満たしていた「子ども」は、103人(39%)、鬱的な症状を呈していた「子ども」は、118人(45%)と、高い水準で認められました。そのうち182人(70%)に行動異常を認め、73人(28%)は、少なくとも一度は自殺念慮を抱いたり、自傷行為をしていました。わずか53人(20%)のみが、「健全な精神状態を維持している」と判断され、ここに記した精神異常のいずれも示していませんでした。
 
親が重度の鬱的状態を経験していると、その子供は、健全な状態にメンタルを維持できなくなるリスクが有意に上昇することが認められました。いずれの精神異常も認めなかった子どもたちは、同年齢の英国人の一般の子供たちと比較すると、SDQスコアの評価で、同程度かやや良好な傾向を示しました。また、いずれの精神異常も示さなかった子供たちと同じコホート内で、なんらかの精神異常を示した子供たちとの間で、因子を解析し両者を比較してみると、5つの因子が浮かび上がりました。つまり、うつ病の親をもっていても、メンタルが健全に維持ができている子どもには、
 
「親に前向きな感情表現が認められること」(p=0.0008)
「両方の親のサポートが得られること」(p<0.0001)
「子供自身ではなく、親が評価した場合の同輩との関係が良好であること」(p=0.01)
「自己効力感が高いこと」(p=0.03)
「運動の頻度が高いこと」(p=0.01)
が重要な役割を果たしていることがわかりました。
 
これら5つの因子がメンタルに与える良好な効果は、交絡因子(性別や年齢等)の影響をうけませんでした。面白いことに、ここでみつかった5つのメンタル保護因子は、その因子の数依存性(項目数が多いほど)に、メンタル保護効果が認められたことです(OR=2.27,p<0.0001)。メンタル保護効果は、親の鬱病エピソードの再発に影響を受けることもありませんでした。
最後に「気分(mood)」と「行動」に関するふたつのレジリエンスに分類し、それぞれに良好な効果を与える因子を解析しました。前者(気分)に対しては、「両方の親のサポートが得られること」、「子供自身かつ親、もしくは両者が、こどもの友人関係が良好であると評価していること」、「課外活動をしていること」、「子供が友情を感じていること」、「自己効力感があること」、「運動の頻度が高いこと」が効果的因子として認められました。後者(行動)に対しては、「親に思いやりがあること」、「親に前向きな感情表現が認められること」、「両方の親のサポートが得られること」、「子供自身でも、親でも、かれらが評価した場合の同輩との関係が良好であること」、「子供が友情を感じていること」、「自己効力感があること」といった因子がレジリエンスを支持し、効果をもたらすという結果が得られました。
 
さて、この研究を少し批判的にみると、いくつかの疑問が生じます。まず、観察期間が短く(9歳から17歳の子どもが対象である)、限定的な解析であることが否めません。したがって、「レジリエンスが、長期的に維持されるのかどうか」は不明です。この解決策には、同じコホートを、成人に至るまで長期的観察を行うことでしょう。ここで認定された因子が、さらに年齢を経ても同様に重要は役割を果たすのかどうか、また、異なる因子が重要になるのか、調査をすることが求められるでしょう。二つ目の疑問として、本研究の解析因子以外の別の重要な因子が漏れている可能性があり得る点が上げられます。三つ目に、遺伝的因子の解析がなされていないことでしょう。こうした疑問を究明することで、子どものレジリエンスを左右する因子の精度を上げることは重要でしょう。
 

今回の研究では、うつ病の親と一緒に暮らす子供たちが精神疾患に陥る頻度がほぼ80%と非常に高いことが明確になりました。精神疾患発症の予防策をとることは火急の課題であることはいうまでもなく、できれば両親が子供に対してサポートをすることが有効と判明したことの意義は大きいのではないでしょうか。多くの場合うつ病は母親に発病し、父親の役割の重要性があらためてクローズアップされた結果となっています。本研究では、バイオロジカルなつながりのある両親によるサポートが注目されていますが、両親ではない「普段の生活を共にする保護者のありかたのレジリエンスに及ぼす影響」もまた、再確認する必要があるでしょう。子どもを取り巻くさまざまな家族形態が想定される現代社会では、この研究結果を参考に、広い視野で日常臨床の中で対処していくことは必須だと思います。また、子どもが、「自己効力感」、つまり、「逆境をはねのける能力を有している」といった、自分ながらの信念をもっていることが、精神疾患罹患回避につながるのであれば、そこに重点を置いた対策の立てようもあることでしょう。「うつ病の親を治療すれば、子供の精神疾患が予防できる」という視点は捨てるわけではありませんが、親のうつ病を治せる頻度は高いわけではない、という事実を認識するべきでしょう。そしてなにより本研究は、「親が、子どもの友だちづくりにサポーティブに関心を寄せる」ことや「適切な運動を励行する」など、特別な準備をすることなく、今すぐにでも対処し得るポイントが明確に示され、示唆に富む有意義な報告だと感心するものでした。
 
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