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愛し野塾 第55回 敗血症の治療戦略のポイントは13シリーズレゾルビンか!

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細菌やウイルスなどの病原体は、そこかしこに存在し、風邪や肺炎などの原因となることはいうまでもありません。しかし、高齢者や、糖尿病や抗がん剤治療などによって免疫力が低下しているひと、あるいは、侵入した病原体の感染能力が高い場合には、病原体は血液にのって全身に運搬され、各臓器に感染症が拡大し、最悪の場合、全身性の炎症反応によって命を脅かす病態にまで悪化します。これを敗血症と呼びます。
 
国内の敗血症罹患数については、統計上不明ですが、米国だけでも年間75万人とされ、20-30%の非常に高い致死率を示しています。致死率の高さは国内でも同レベルと推測されます。重症敗血症に対する有効な治療法は未だなく、抗生物質に抵抗性をもつ細菌感染も増えている昨今の状況を考えると、新たな治療戦略の考案は火急の課題なのです。
 
「敗血症の高い致死率」の原因は、感染症によって惹起される急性炎症性反応を初期段階で抑えられないことだろうと推測されています。この炎症反応を抑えるために臨床で汎用されている薬物には、グルココルチコイド、非ステロイド性抗炎症剤、抗TNF抗体などがありますが、残念ながら、こうした薬剤の有効性は数々の臨床試験において確認できたものはひとつもありません。つまり、科学的根拠がないものの、治療手段がほかにないからいたしかたなくしている、というのが実情です。こんな案配では敗血症患者さんの生存率が改善しない理由は論ずるに値せず。そこで、近年、研究者たちは、様々な角度からのアプローチを模索してきました。
 
まず、既に体に備わっているメカニズムのなかに炎症反応を抑える因子があるのではないかという仮説がたてられました。この仮説に基づいた研究では、ω−3脂質であるEPA、DHAから合成される、レゾルビン、プロテクチン、マレシンと呼ばれる因子(SPMsと呼ばれます)が発見されてきました。これらの因子は、炎症反応開始後4時間から増加しはじめ、12時間で最大となり、炎症反応の収束、及び細菌の除去に重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。
 
次に、上記の炎症反応収束作用を補填する、あるいは、増強することで敗血症治療の新たな戦略を立てられるのではないか、という仮説に基づいて研究が行われました。先述したSPMsは、発見という点では進展があったものの、炎症の超初期(4時間以内)に役割を演じている因子の存在が不明だったことから、数あるSPMsの相互作用を統合するまでに至らず、この手法は絵物語にしか過ぎませんでした。しかし、今年、ハーバード大学のダリ博士らが、内在性の防御因子で、敗血症の超初期に役割を演じているとされる新しい物質を発見し、脚光を浴びています。新規13シリーズレゾルビンと命名された物質の発見は、今後の敗血症の治療の有効性を飛躍させるかもしれない、大変興味深い知見として注目されています。
 
Dalli, J., Chiang, N., & Serhan, C. N. (2015). Elucidation of novel 13-series resolvins that increase with atorvastatin and clear infections.Nature medicine, 21(9), 1071-1075.
 
本研究では、病原体の体内への侵入の初期に起きる自然免疫の反応を実験系に採用しました。好中球が血管内皮細胞に接着する現象です。この接着がトリガーとなって、これまで知られていないω−3脂質由来の新しい炎症抑制物質が細胞外に放出されると考えたのです。まず、好中球と血管内皮細胞を試験管内で共培養し、その培養液から脂質成分を抽出しました。病原体(大腸菌)で敗血症が生じて100%死亡が生じるマウスモデルに、あらかじめこの脂質成分を投与しておきました。その結果、約半数のマウスが生存し、使用された培養液中に炎症抑制物質が含まれていることが示唆されました。
 
ダリ博士らは、<好中球と血管内皮細胞の培養液>に注目し、あらたな炎症抑制物質を精製する目的で実験・分析を繰り返し、培養液中に新たな物質を発見しました。これらは、RvT1、RvT2、RvT3、RvT4と名付けられ、マウスによる実験系によって大腸菌感染を誘導した初期(4時間未満)にRvT群が出現することが確認され、炎症開始直後から活動する物質であることが示唆されました。敗血症患者では、健常人に比較して「RvT群の血中濃度の上昇」を認め、ヒトでも炎症に反応してRvT群が産生されることが示唆されました。
 
in vitro系(生体外で環境条件を整えた方法)の実験によって、RvT群は、マクロファージに作用し、活性酸素の合成量を上昇させ、病原体の貪食を促進することがわかりました。敗血症マウスモデルを用いた実験によって、RvT群投与が全身性の炎症を終息させるだけでなく、生存率を改善させることを認めました。敗血症の治療に使える道筋がついたともいえましょう。
 
この新たに発見された物質は、①内皮細胞でEPAから中間体である13−HDPAが形成され、②好中球に運搬、③最終産物が形成される、という経過を経て形成され、内皮細胞では、COX-2と呼ばれる酵素が合成系に決定的な役割を果たしていることが明らかになりました。COX-2は、コレステロールの合成抑制剤であるアトルバスタチンによって活性化され、鎮痛薬である、セレコックスによって、抑制されることが知られています。病原体を投与した動物実験では、アトルバスタチンをあらかじめ投与することによって、生存率が上昇することを認めています。
 
残念ながら、未だヒトを対象にRvT群投与は試行されておりません。今後は臨床試験による有効性・サイドイフェクトに関する解析は必須で、時間を要することは確実です。しかし、すでに人体に存在する脂質ですから、投与経路さえ怠らなければ、安全にデリバーすることはそれほど難しくはないものと見込まれます。一方で消極的な研究報告が発表されたばかりなのも気になります。アトルバスタチンを含むスタチンを呼ばれる薬剤には、敗血症の生存率改善効果がないとする論文です。この論文内容との整合性を解決することは容易ではありませんが、ノースカロライナ大学のリー博士らは、<アトルバスタチンのターゲットとされるCOX-2の遺伝子多型がある場合には、スタチンの効果を認めない>といった可能性について、論じており、今後、この方向での研究の進捗が望まれます。つまり、COX-2の遺伝子型に応じて、スタチンの効果が上がる場合には、敗血症にもスタチンが有効である可能性があるというのです。
 
SPMsの全貌は、ハーバード大学のサーハン博士により解明されてきました。紹介した研究もまた同博士の指揮下で遂行された研究でした。敗血症治療の革新的進歩に及ぼすサーハン博士の功績には心服するばかりです。今後はこういった研究の議論を踏まえ、COX-2のインヒビターとなる薬剤の使用については慎重に配慮を払わなければならないと考えます。
 
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