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愛し野塾 第85回 転倒防止を可能にするトレーニングの開発

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65歳以上の高齢者の3割は、年に一度は転倒するといわれています。認知機能が落ちているかたや、パーキンソン病の方では、転倒リスクはさらに高く60-80%に及びます。そして転倒によって受けた障害をきっかけに、自立した生活が送れなくなったり、社会から孤立してしまったり、施設の入所を余儀なくされたり、最悪の場合、お亡くなりになったりすることもあります。先進国の統計では、転倒に要する費用は、医療費全体の1-2%を占めるといわれています。転倒の多くは歩行中に生じ、その 要因としては、障害物と適切な距離感を認識できず、障害物との距離をあまりにもつめすぎて通り過ぎようとして、つまづく、ぶつかる、バランスを崩して転倒するのだそうです。障害物を適切に避けて「安全な歩行を維持」するには、下肢筋力、体幹バランスの維持はもちろんのこと、即座に運動計画をたて(フィードフォワード)、分割的注意力、実行能力、判断力、といった認知にも関わる能力を動員しなければなりません。つまり、歩行中の転倒リスクを減らすには、「認知機能」「運動機能」の両者を向上させることで「障害物回避機能」を改善することが必要となります。

今回、トレッドミルに「非没入型バーチャルリアリティー」を組み併せた手法で、これまで別々に行われた「認知機能」と「運動機能」の二つの訓練を同時に施行することを可能とし、転倒予防リスクを低下させたという興味深い論文が発表されました 。論文は、8月号ランセットに掲載されました。

Mirelman, A., Rochester, L., Maidan, I., Del Din, S., Alcock, L., Nieuwhof, F., ... & Abbruzzese, G. (2016). Addition of a non-immersive virtual reality component to treadmill training to reduce fall risk in older adults (V-TIME): a randomised controlled trial. The Lancet.

研究は、ベルギー、イタリア、イスラエル、オランダ、英国の5カ国、5カ所の研究センターの協力によって行われました。対象者は、過去6ヶ月に少なくとも2回の転倒があった60-90歳のうち、介助なしで5分歩行が可能で、前月までの服薬状況が安定しているかたでした。臨床認知症評価法(CDR)で、0.5とわずかに認知機能が落ちているひとも参加が認められました。パーキンソン病の患者も含み、パーキンソン病の投薬を受けており、ヤールの重症度分類で、II-IIIのやや進行性の患者が選択されました。

トレーニングは、1回45分を週3回、合計6週間行われました 。トレッドミルの前に大型スクリーンが設置され 、あらかじめ用意されたプログラムにより、障害物、選択しうる複数の道、注意をそらせるようなオブジェクトを映し出されました。同時に音声による刺激も加えられました。トレッドミル上の被検者の足の位置は撮影され、リアルタイムでスクリーンに映し出されるため、被検者は、自分の足が画面上の障害物を適切に避けられているかどうかを確認することができます。それぞれの参加者の運動能力、認知機能に適切なプログラムが計画され、毎回のトレーニングでは、監督者が付き添い、トレーニングレベルは、「トレッドミル速度、歩行時間、画面上の障害物、注意をそらすオブジェクトの大きさ、出現頻度の変更」によって調整されました 。「転倒の定義」は、「被検者が、地面、床、体より低い位置で休まなければならない、予期しない出来事」とされ、被検者は「転倒」が生じるごとに、「転倒カレンダー」への記入が義務づけられました。紙媒体、WEB、スマートフォンに記録し、後者2媒体の場合は、アップデートは即日施行され、紙媒体の場合は、毎月、記録用紙を集計しました。研究スタッフは、毎月それぞれの患者にコンタクトし、転倒カレンダーの記入状況を確認しました。

主要評価項目として、*トレーニング終了後6ヶ月間の「転倒回数」が調査分析され、2次評価項目として、*転倒リスク因子である「歩行速度」「歩行速度のばらつき」「障害物通過時につま先が地面からどの程度上がるか(フットクリアランス)」「忍耐能力、バランス力、移動能力」「注意能力、実行能力」「健康に関する生活の質」について分析されました。また、「ショートフィジカルパーフォーマンス試験(SPPB)によるバランス、歩行速度、椅子立ち上がり」、QOLを調べる「SF-36のメンタル、フィジカル検査」も評価項目として分析されました。

 

結果

661人の被検者をスクリーニングし、2013年から2015年の間に、302人のかたを、条件に従い選別しました。無作為に、*148人をトレッドミルのみのトレーニング(トレッドミル群)、*154人をトレッドミル+ヴァーチャルリアリティー(トレッドミル+ヴァーチャルリアリティー群)に振り分けました。前者の群~後者の群を比べると、年齢は、73.3歳~74.2歳、男性の比率は62~67%、過去6ヶ月の転倒回数は、10.71回~11.92回、MMSEスコアは28。2~27.8、歩行速度は、いずれも1.02m/sで、それぞれの群のプロフィールには、差がありませんでした。

パーキンソン病のかたは、64人~66人、認知機能低下のかたは、20人~23人、原因不明の転倒者は、52人~57人と、転倒理由の差も両群間でありませんでした。受けたトレーニングセッション回数も、16.82回~16.62回と違いはありませんでした。

 

主要評価項目<転倒回数>

トレッドミル+ヴァーチャルリアリティー群では、訓練後6ヶ月間の転倒の回数は、6.00に減少しました(P<0.0001)。トレッドミル群では、訓練後6ヶ月の転倒回数は、8.27と減少傾向はあるものの有意差を認めませんでした(P=0.49)。トレッドミル+ヴァーチャルリアリティー群では、トレッドミル群と比較して、42%も有意に転倒回数が低下していることが判明しました(P=0.033)。

 

2次評価項目

<歩行速度のばらつき・フットクリアランス・SPPBのバランス、歩行速度・SF36のフィジカル、メンタル>について、トレッドミル+ヴァーチャルリアリティー群が、トレッドミル群に比べて、有意に良好な結果となりました。

トレーニングセッション中、8回の転倒が記録されました。これらはいずれも、トレッドミル施行中ではなく、自宅などで生じており、トレッドミル+ヴァーチャルリアリティー群で3例、トレッドミル群で5例でした。自然死、脳卒中、頭部外傷、心筋梗塞、関節痛がほかに認められましたが、分析の結果、いずれも、トレーニングに伴うものではないと結論づけられました。

 

サブグループ解析

パーキンソン病のかたが、トレッドミル+ヴァーチャルリアリティートレーニングを行うことによって、55%もの有意な転倒回数減少を認めました(P=0.015)。しかし、原因不明の転倒群と、わずかな認知機能低下群では、トレッドミル+ヴァーチャルリアリティートレーニングによる転倒減少効果は認められませんでした。後者2群(原因不明の転倒群と、わずかな認知機能低下群)では、被検者が少ないことにより、解析困難だった可能性が考えられますが、試験開始前の段階で、原因不明転倒者については、トレッドミル+ヴァーチャルリアリティー群のほうが、トレッドミル群よりも、有意に転倒回数が多かった(8.07対3.23、P=0.0001)ため、ヴァーチャルリアリティーによる効果をみるには不適切と考えられました。

この研究では、転倒回数を被検者による主観的記憶に基づいて算出していること、コストの計算をしていないこと、監督者をつけていることが、疑問点として上げられます。信頼性の高い転倒回数の算出のために、今後は、被検者のリクルート時に、転倒回数を調査した後にトレーニングセッションに入ることが重要と考えられます。監督者については、毎回のトレーニングに随伴していたとしても、トレーニングそのものが「比較的単純かつ短時間」で終了するため、費用も大きくなることはないのではないか、とする専門家の意見も認められます。費用対効果の点からもこのヴァーチャルリアリティーの採用が推奨されるというのは朗報でしょう。2次評価項目では、ヴァーチャルリアリティー追加により、転倒リスクの関与因子が多数改善されることが明確になり期待が高まります。

運動といえば、思い浮かべるのは、筋力と持久力ですが、加齢に伴って運動認知機能のトレーニングも加えて、ユニークな方法で転倒が予防できるとなればADL全般にわたって改善が図られるように思います。

そして、論文を読み返してみると、転倒リスクが上がる年齢に至る前に、ジムでトレッドミルトレーニングをするよりもむしろ、石や縁石、電信柱等のある、ありふれた障害物の豊富な現実の道を日常生活の中でしっかり歩きなさいというメッセージのように思わずにいられません。

 
 
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